【23】女騎士とスライムと

 ソラスよりももう少し年齢は上くらいだろうか。騎士服の上に部分甲冑を纏った、どこか気弱そうな少女である。

 涙目で、どんくさそうな足取りで駆けてくる彼女――その背後には何やら土埃が立ち上っていて。よくよく見るとそれは、大挙して押し寄せてくるスライムたちの立てたそれだった。


「ひぅうううぅ……!」


「大変、助けないと……!」


 逃げる少女を見て、駆けていくソラス。俺も後を追うが、それよりも先に状況が転じる方が早かった。

 スライムという生き物はそんなに移動速度も早くないので、普通なら追われたところでだいたい逃げ切れるのだが……


「あ」


 ソラスが声を漏らすと同時、騎士の少女が見え見えの小石につまづいて大きく転んでしまった。その瞬間が決定的だったのは言うまでもないだろう。

 押し寄せてきたスライムの大群が大きく跳ねて、少女に向かって覆いかぶさる。


「ひぁあぁぁぁぁ……!」


 悲鳴だけがこだまする中、その光景を前にして呆然とするソラス。

 スライムの半透明の体が蠢くそのさまを前に、無力感に打ちひしがれて佇む彼女の隣で――俺はその肩をぽんと叩いた。


「ソラス」


「ウォーレスさん……どうしよう、あの人――」


「大丈夫だ」


「…………へ?」


 目をぱちくりさせるソラスの前で、俺は無言でスライムたちの方を指差す。

 よくよく見るとスライムたちの下敷きになりながら、あの少女が涙目でもぞもぞしているのが見えた。

 付け加えるならば――騎士服のあちこちが溶けて白い肌があらわになった、半裸の姿で。


「あの……あれは……?」


「スライムの攻撃手段は体当たりとアレ……消化液くらいでな。体当たりはスライム自体の質量が軽いから大したダメージじゃないし、消化液の方もあの通り、人体には害はない。代わりに服の繊維にはよく効くから、あの通り服だけ溶かされたりするんだが」


「なるほど服だけ」


「ああ」


 その性質上一部の好事家が好んで買うので、初心者冒険者のよい金策になったりもする。ここだけの話だが。


「ひぅうぅぅぅ、そこの方ぁ……見てないで助けて頂けると、とってもありがたいのですがぁぁぁあぁぁ……」


 スライムに服だけ溶かされながら顔を真っ赤にして言ってくる少女に、ソラスは我に返った様子で慌てて錫杖を掲げて、


「ああ、すいません……! 【水の精霊よ】【押し流せ】【今】!」


 彼女の言葉によって発動した水系魔法――【スプラッシュ】。凝集した空気中の水分が増幅され、風呂桶一杯分くらいの水が高圧とともにスライムたちにぶつかってゆく。

 少女からスライムたちが離れたのを確認すると、続けて、


「【雷の精霊よ】【穿け】【今】!」


 山盛りのスライムたちに雷撃魔法が浴びせかけられて、スライムたちは一斉に動きを止め、そのまま魔素となって融けて消えた。

 その瞬間、彼女が首から下げていた冒険者カードが淡く光る。


「これは……」


「お。レベルアップしたみたいだな。おめでとう」


「ありがとうございます……じゃなかった、それよりあの人!」


 そう言って慌てて少女に駆け寄っていくソラス。俺も後に続こうとしたが、


「ウォーレスさんはちょっと後ろを向いて待ってて下さい」


 というソラスの言葉もあって立ち止まる。

 しばらくごそごそと何かをしていた後、「もういいですよ」と言う彼女の言葉で振り向いてみると――半裸状態だった少女は、ソラスのエプロンドレスのエプロン部分だけ上から着て、近くの岩陰で縮こまっていた。


「あー、その。大丈夫かい、あんた」


「うぅ……うん、おかげさまで……どうにか人としての尊厳は守れたような気がする……」


 胸部や腰回り、肩の部分甲冑が幸いに肝心なところを守ってくれていたようだが、ともあれ今の見た目はいわゆるビキニアーマーと呼ばれる類の鎧みたいになっている。

 めりはりのある体つきもあって、その上からエプロンだけ纏ったその姿は見ようによってはかえって目に毒だった。


「何か余計なこと考えてませんか、ウォーレスさん」


「気にするな。……それよりあんた、騎士かい? 見たところ……いや今は見てもよく分からんが、君の着てた服、騎士用の装束だったような気がするんだが」


 話題を方向転換した俺に、少女はこくりと頷いた。


「うん……。このダンジョンの深層調査のために派遣されてきた、王立騎士団分隊【鉄鹿騎士団】の従騎士――アリアライト・ラングレンって言います」

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