【22】初戦闘とスキル確認

「……こりゃあまた、意外な場所だな」


 遺跡の階段を下って行くにつれ眼前に現れた光景に、俺は思わず感嘆の声をもらしていた。

 というのも。地下であるはずのそこにあったのは――いわゆる閉鎖的な遺跡とはまるで真逆の、広大な草原であったからだ。

 上を見上げてみるとどういうカラクリか、そこには天井ではなく青空まで広がっている。降りてきた階段は、青空の中を貫いて伸びているようだった。


「ダンジョン……なんですよね、これ?」


「そのはずだが。何かしらの幻影魔法が、遺跡全体に掛けられてる……ってところか?」


 眩い日差しに目を細めながらそう呟いて、俺は草原を歩いてみる。踏みしめた感触も、見た通りに土と草のそれだった。


「……ま、薄暗くて狭苦しい遺跡にこもってレベル上げするよりはこっちの方が気分はいいか」


「あっさりと順応しますね、ウォーレスさん……。まあでも、それもそうです」


 ソラスもまた頷くと、きょろきょろと辺りを見回しながら錫杖を握りしめる。意気込みは十分といったところか。


「どうする。俺が手伝ってもいいが、そうするとレベル差もあるから君に入る経験値が下がっちまう」


「そうですね……そしたら試しに、まずは一人で戦ってみます」


「ん。じゃあ俺は危なそうならカバーするわ」


「お願いします」


 言いながら草原を歩いていく彼女の後をついて進む。すると程なくして、辺りの茂みから何かが飛び出してきた。

 子供の背丈程度の大きさの、半透明の泥のようなモノ。スライム種だ。


『ぉぉぉん』


 甲高い独特の鳴き声とともに身を揺らし、問答無用でこちらに飛び掛かってくるスライムに――ソラスはわずかに表情を揺らしながらも錫杖を構えて、


「――【火の精霊よ】【ここに】【今】!」


 そう唱えた瞬間、彼女とスライムとの間でぱっと炎が膨れ上がり、スライムの全身を包む。

 あっという間に燃え尽き、その骸が魔素(エーテル)となって空気中に融けていくのを見届けると――ソラスはふぅ、と息を吐いた。


「なんとか、なりました……」


「上出来じゃないか。初戦闘でこれなら、大したもんだよ」


 その言葉は本心だった。前衛職ならばまだしも、後衛職が一人で戦うというのはただでさえ難易度の高いもの。

 ましてや冒険者になりたての新人ともなれば、パニックのあまり呪文の詠唱も覚束なくなることだってよくあるのだが……その点彼女の対応は大したものだった。


「なるほど、普段のお客様対応業務で培った臨機応変がここで役に立ったというわけですね……」


「それはどうだろうか」


 いやまあ何でもいいんだが。半眼で彼女を眺めていると、どうやら今の一戦で少し自信をつけたのか、辺りをどんどん進み始める。

 飛び出してきたスライムを4,5匹ほど狩るのを見届けたところで、俺は「そういえば」と口を開いた。


「君、スキルは何かあるのか?」


「スキル、ですか。……分かりませんけど、確認できるんですか? それ」


「ああ。冒険者カードの術式を開けば、中に書いてあるはずだ。……自分がどんなスキルを持ってるのか知っていれば、それだけ立ち回りにも活かせると思うぜ」


「なるほど。どれどれ……スキル、オープン」


 そうソラスが呟くと同時に、空中にスキルウインドウが投影される。

 そこに表示されていたのは――【魔力錬成】【精霊の守護】【詠唱短縮】という3つのスキルの名称だった。


「3つか。レベル15にしちゃ多いな」


「そういうものなんですか?」


「ああ。このくらいのレベルなら、普通はコモンスキル1個覚え始めるくらいだから……残りの2個はユニークスキルだろうな」


「ゆにーくすきる、ですか」


「個々人の持って生まれた素質に応じて覚えるスキルのことさ」


 参考までに、【勇者】エレンがレベル56で保有スキルは12個――うち6個はユニークスキル。

 ユニークスキルというのは後天的に何らかのきっかけで習得できることもあるが、ほとんどは血筋だとかそういったものによって持って生まれるものである。

 ゆえにソラスのようにユニークスキル2つ持ちというだけでも世間的にはかなりのものだし――エレンについてはもう、化け物級のスキルホルダーと言えよう。

 ソラスのスキル表示を眺めながら、俺は解説を加えていく。


「【詠唱短縮】はそのまま、魔法の詠唱時間を短くできるコモンスキルだな。こいつは多分詠唱士としてステータスがある程度伸びたから覚えたんだろう」


「【魔力錬成】というのは?」


「こいつは……ユニークスキルとして聞いたことがあるな。確か、消耗した魔力の回復が早くなるとかだったか。詠唱士として戦うなら、かなり当たりのスキルだな」


「ほうほう。ではこの【精霊の守護】というのは」


「こいつは防御系のユニークスキルだな。あらゆる危険な状況から生きて帰ってくることができる、ダンジョン探索なんかにゃもってこいのスキルだ」


 両方とも、一応報告例はあれどかなりのレアスキルである。……何だって単なる宿屋の娘さんがこんなユニークスキルを、しかも2個も持っているのかは激しく謎だが。

 俺の説明にふんふんと頷いた後で、ソラスはじっと俺のことを見つめて、こう続けた。


「私のスキルのことはだいたい分かりました。……ところで、ウォーレスさんはどんなスキルをお持ちなんですか?」


「俺?」


 言われてみれば、この【腕輪】と【剣】を手に入れてからというもの、改めてスキルを確認したことはなかった。

 もともとはユニークスキルなんて当然なければ、ステータスに応じて習得するたぐいのコモンスキルも何一つ持っていなかったのだが……あのメガミによれば今の俺は色々とスキルを獲得しているらしい。

 一度ちゃんと確認しておいた方が、後々役に立つだろう。そう思って俺もスキルを表示させて――


「なっ……」


 そこにずらりと並んだスキル一覧、その数24個。

 膨大な数に唖然としていると、隣のソラスは「おぉ~」と感嘆の声を上げていた。


「流石はウォーレスさん。ウォーレスさんほどになると、スキルもこんなにたくさん習得しているんですね」


「そうみたいだな……。いや、俺もちゃんと見たのは初めてだったが」


 元々は当然のことながらスキルなんて何一つ習得していなかったので、どれも初めて見るものである。

 目が滑りそうになるが、ひとまず上から順に全て把握していくことにしよう。

【高次元干渉】――これは例の、メガミなどの別次元存在に干渉することのできるスキルだ。空間転移をしようとする魔術師などにも効果があることは、昨日のレイスとの戦いで分かった。

【名料理人】。これは……料理スキルか。まあ無難に役に立ちそうだ。

【鑑定・極】。名前からして上位の鑑定スキルらしい。

【事象視】。こいつは昨日、ソラスがさらわれた時にメガミから存在を教えてもらったスキルで、周辺地域のあらゆる情報や変化を収集できるというもの。

 こいつのおかげですぐにソラスの元に駆けつけられたってわけだ。

あとは――【万魔の書】。こいつはこの世に存在するあらゆる魔術を自動的に習得するとかいう、雑にトンデモなユニークスキルだ。

 メガミが効果を教えてくれたのは、ここまで。あとのスキルは一つ一つ効果を地道に確認していくしかないらしい。

 名前だけ見ていくと――戦闘系っぽいのは【剣の導き】【反撃の狼煙】【限界突破】【背教の焔】【戦理撹乱】【転化の一撃】【攻魔分解】【存在侵食】。

移動、補助系が【練気法】【影歩】【須臾の掌握】【王の威気】【到達者】【天魔の腕】【共闘の真髄】【生成術・極】あたりか。

 ちなみにあとの3つはどうやら冒険者カードでもうまく分析できていないのか、表示が【---】のみであった。


「これの効果を全部確認していくのは骨だな……。まあ、戦ってりゃ分かるか」


 【鑑定】や【事象視】などの一部の能動的に使うスキルを除くと、多くは受動的――いわば「勝手に発動している」ものである。

 そういったものについては使い方もへったくれもないし、そうでないものについても、最悪メガミを呼びつけて訊いてみるのも手だろう。そんなに簡単に呼んで出てくるものかは分からないが。

 ひとまずスキル一覧を閉じて、俺はソラスに向き合って再び口を開く。


「……ま、俺のことは置いておいて、今は君の修行だ。せっかくだしもうちょいレベル上げて帰ろうぜ」


「そうですね。もう少しでいっこレベル上がるみたいですし――」


 冒険者カードを見ながらソラスはそう呟いて。とその時のことだった。


「だれかぁ……! たーすーけーてーくーだーさーいぃぃ……!!」


 そんな女性の悲鳴がどこかから聞こえて、俺とソラスは同時に周囲をうかがう。

 すると――平原の向こう側から、一人の女性が走ってくるのが見えた。

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