【16】レイス
その間ほんの10秒にも満たなかったでしょう。たったそれだけで、野盗は残すところ、あのローブの男だけになっていました。
沈黙したまま状況を見守っていたその男が、静かに口を開きます。
「……ふむ。【
「さあ。んなこと、どうだっていいだろ。それよりてめぇ……何で今、何もしてこなかった? こいつらの仲間じゃないのか」
ウォーレスさんの問いに、ローブの男はくく、と肩を震わせて嗤います。
「仲間? 面白いことを言うな、人間――この雑魚どもは、我が利用していたに過ぎん」
「利用、だと? それにその言いっぷりじゃあ、まるであんた、人間じゃないみたいじゃないか」
「当然だ」
そう言うと同時に、男の体がふっと中空に浮かんで――目深にかぶったフードが落ちる。
その下にあったのは、肉がこそげ落ちた頭蓋の顔であった。
『我は、レイス。人の小さキ身を捨てた大いナる魔術師なり』
その名乗りに、私は目をみはります。レイスと言えば、人の身でありながら魔王に魂を売ってその眷属となった者――そこらのモンスターとは格の違う、高位の魔族です。
「レイス、ねぇ。……高位の魔族さまが、何だってこんなところでつまらねえ野盗どもと組んで人さらいなんかしてるんだ?」
『矮小なる人間ゴときには、ワかる必要なドない。そレに――知ったとコろで、どうせ貴様はここで死ヌ』
「あぁ? 何言って……」
そうウォーレスさんが言いかけた、その時です。レイスがその骨の指をかちりと打ち鳴らして、刹那――私たちの足元で、赤黒い光を放って魔法陣が浮かび上がったのです。
「!」
いち早く気付いたウォーレスさんが私を突き飛ばして、私だけが間一髪、魔法陣の外に弾き出されて。
代わりにウォーレスさんの周りには、禍々しい色の障壁が立ち上っていました。
『そノ術式は、外界と内とヲ断絶し、内側にイる者に【邪毒】を及ボす陣。我の邪魔をスる愚かな人間よ、そのままソこで朽ち果て死ヌがよい』
空中で腕を組んでけたけたと嗤いながら見下ろすレイス。見ているうちに、ウォーレスさんの足元の魔法陣からは黒い煙が立ち上ってきます。レイスの言葉が真実ならあれは【邪毒】……【毒】系異常の中でも最上位の恐ろしい致死毒。
かなりの達人であっても防ぐことは難しい、禁呪クラスの魔法です。
「ウォーレスさん!」
思わず叫ぶ私に、中のウォーレスさんはというと――
「おう。心配するな、案外なんともない」
気が抜けそうになるくらいに平然とした声音でそう言うと、やおら腰の剣を抜いて、勢いよく振ります。
すると……何ということでしょうか。ぴしり、とひび割れのような音がしたかと思うと足元の魔法陣が光を喪って――眼の前にあったはずの障壁も、まとめて消え失せてしまいました。
「よし、ちゃんと斬れたな」
「斬れると思わないでやってたんですか!?」
「まあ……」
妙に緊張感のないそんな返事に、私は思わず肩を落として。そんな私たちのやり取りの横で、レイスが愕然とした様子で呻いていました。
『何だ、貴様……我が【邪毒】結界を、斬ルだと? あの障壁は次元の湾曲による、空間ソれ自体の断絶――ヒトごときの身で干渉すルことなど』
「……なるほど、だから【高次元干渉】スキルのおかげで斬れたのか。てっきりあのメガミと話せるだけのスキルかと思ってたが……案外役に立つな」
何やら独りで納得しながら、ウォーレスさんはレイスに剣の切っ先を向けて続けます。
「さて、手品はこれでおしまいか? ならお前さんの企んでること、吐いてもらおうか」
『ッ……人間ゴときが、偉そウに!』
レイスは切羽詰まった声でそう言うと、ふっとその場から消えて――次の瞬間、私の背後に現れてその骨の顔をかたかたと震わせ嗤います。
『動くナ、動ケばこの小娘を――』
けれどその言葉を、奴が最後まで言い終わることはありませんでした。
凄まじい速度で投げられたウォーレスさんの剣が、奴の頭を粉々に打ち砕いていたからです。
「うるせえよ、三下が」
ぶっきらぼうに言い捨てるウォーレスさんの手に、いつの間にか剣は戻っていて。
それを腰に戻すと、ウォーレスさんは私のところに歩いてきて手を差し伸べてくれました。
「大丈夫か、ソラス」
「あ、はい……その、ありがとう、ございます」
「いや、礼を言ってもらえる立場じゃねえ。……今の手持ちのスキルをもっとちゃんと把握してりゃ、もっと早くに助けに来られたはずだったんだ」
そう言ってほんの少しだけ、肩を落とすウォーレスさんに。
「そんなこと言わないでください」
私は首を横に振って、その手をぎゅっと、強く握り返して言います。
「ウォーレスさんは、ちゃんと私を助けてくれました。ならそれにお礼を言わないのは、私の主義に反します」
「お、おう……そうか。じゃあ、その……どういたしまして」
たじたじとしながらそう言うウォーレスさんは、最初に見た時と同じ、少し情けない顔をしていて。
だから私はそれがちょっとおかしくて、くすりと笑いながら頷くのでした。
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