【14/15】おじさんは遅れてやってくる
森の奥の奥にある、薄暗い自然の洞窟。
その奥までかつぎ込まれて、私――ソラスは、必死にもがいていました。
「むー、むー!!」
口に猿ぐつわを噛まされているせいで、満足に助けを呼ぶことすらできません。もっとも、こんな奥地では声が出せたところで大差ないでしょうが。
手首を後ろ手に縛られて、むき出しの土の上に乱雑に転がされながら――私はどうにか拘束を解けないかと身をよじりつつ、私をここに運んできた連中を睨みます。
「おお、こえーこえー」
そう言ってせせら笑うのは、よれよれの革鎧を着た人相の悪い男たち、数にして8人。ウォーレスさんの様子を見守っていた私を彼らが急に背後から襲ってきて……抵抗する間もなく連れてこられてしまったのです。
彼らの明らかにガラの悪そうな雰囲気を見て取って、私はすぐに直感しました。
最近、街の周辺でたちの悪い野盗が根城を構えているという噂があるのです。……こいつらが、恐らくはその。
「いやぁ、最近はあのデカブツのせいで街の外にのこのこ出てくる間抜けが減っちまったから、俺らも困ってたんだよなぁ。運がいいぜ」
「しかもこいつ、ガキですけどなかなか上玉だぜ。変態の貴族どもにでも売りつければ、そこそこの額になるだろ」
あの見た目だけチンピラなギルド局員たちとは違って、どうやら彼らは正真正銘その手の悪どいお仕事に手を染めている輩のようです。
「なんか言いたいのかな? どら、外してやるか」
私を見下ろしてにやにやと嫌な笑みを浮かべながら、一人が私の猿ぐつわを面白がって外しました。
……チャンスです。これでも初歩的な魔術の手ほどきは受けていますから、声さえ出せれば――
「【
喉を震わせようとして、けれど私の口からは何ひとつ、言葉が出ませんでした。
野盗のうちの一人――奥のほうに座っていた薄汚れたローブの男が掛けた【沈黙】の魔法のせいです。
「……そのガキは
「んだよ、面白くねぇなぁ」
ちっ、と舌打ちしながら、野盗は私の側にしゃがみ込んで――顎を乱暴に掴んできます。
「っ――」
「ああでも、こうした方が顔がよく見えるな……。いいねェ、可愛いじゃん。何もせずに売っぱらっちまうのもちょいと惜しいな」
「お、じゃあ俺らで先に味見しちゃう?」
「んだよお前ら、ガキに興奮するとか変態か?」
「しょうがねえだろ、最近はロクに女もさらえてなかったんだからよ。こんなガキでも使い物にはなるさ」
私の頭上で、そんなぞっとするような言葉が飛び交って。否応なしに、自分がどんな目に遭わされるのかということを強制的に聞かされて――こらえきれず、目に涙が浮かんできました。
「おいおい、泣いちゃったじゃん」
「なーに、すぐ愉しくなってくるから安心しろよ、お嬢ちゃん?」
そう言って下卑た笑みを浮かべて、野盗の一人が私に手を伸ばしてきます。
イヤだ。怖い。
何で私が、こんな目に。
……誰か。
誰か、お願いだから、助け――
「よう。何してんだ、あんたら」
その時のことでした。洞窟の中に響いたそんな声に、野盗たちは動きを止めて一斉に入り口の方へと振り返ります。
けれどそこには、誰もいませんでした。
「……あぁ? 何だ、今の――」
「そっちじゃねえよ。こっちだ、こっち」
呆れたようにそう返すその声は、私の傍らから聞こえていて。
そしてそこにいたのは――
「よっ」
そう言って人懐っこい笑みを浮かべてみせる、無精髭と少し伸びた黒髪が申し訳程度に特徴的な宿泊客。ウォーレスさんでした。
――。
「ほら、これ、落とし物だ」
手に握っていた錫杖を、私に手渡そうとしてくるウォーレスさん。私はとっさに感謝の言葉を言おうとして、けれど【沈黙】のせいでうまく声が出せません。
「っ――」
「……ん、もしかして喋れないのか? ……こういう時は何かいいスキルは――っと、これか」
そう呟くと、ウォーレスさんは私の喉に軽く触れて。
「【
短くそう詠唱するや否や、私はなにかが解けたのを感じて、恐る恐る声を出してみます。
「……あ、あ。しゃべ、れる……」
「お、ちゃんと使えるもんだな。ありがとよ、メガミ」
メガミ? 虚空に向かって妙なことを口走るウォーレスさんに、私は自由になった口で言葉を吐き出します。
「ウォーレス、さん。どうして、どうやってここに……っていうかあのトビヒフキオオトカゲはどうしたんですか!?」
「トビヒハキオオトカゲじゃないのかよ。……あー、あっちに関しては、とりあえず追い払ったから当分ここらには近付かないだろう。安心してくれ。それと、前の方の質問については――」
「てめえ、何当然みてぇな顔して居座ってやがる!」
ウォーレスさんの話に、そこでようやく割り込んできたのは野盗のうちの一人、ノコギリみたいな大きな剣を背負った男でした。
そんな彼を見て、ウォーレスさんは面倒くさそうに頭をかくとゆっくりと立ち上がります。
「あー、まあ何だ、穏便にいこうぜ。あんたらも色々と大変なんだろうけどさ、こういうのは良くないと思うわけよ。金稼ぐにしてももう少し、真っ当な仕事でな――」
「……っ、バカにしてんのか、このオッサン!」
激高した様子で野盗の男は剣を引き抜くと、そのまま前進してウォーレスさんに向かってその大きな刃を振り下ろします。
しかし――
「……聞けよ、忠告してやってんだから」
先ほどよりも数トーン低い、どこか押し殺したような声で呟くウォーレスさん。
彼が掲げた指先に挟み込まれて――野盗の振り下ろした剣先は、ぴくりとも動かずにそこで停止していました。
「っ、なぁ……!?」
「別に俺だって、正義感なんてそうある方でもないんだ。あんたらがどこで悪事を働いてても、俺の知らないところでやってる分には知ったこっちゃねえと思う程度には……ろくでもないただのおっさんだよ。けどな」
ウォーレスさんの指に挟まれた野盗の剣に、びしりと大きなヒビが入り始めて。
「手の届くところでクソみたいな悪党がのさばってるのを放っておけるほどには、終わっちゃいねえ」
怒気のこもったその言葉と同時に――分厚い鋼の刃が、粉々に砕け散ってしまいました。
「ひっ、な、んだよ、こいつ……!」
「もう一度だけ、忠告だ。とっととケツまくって、消え失せな」
どこか情けなさのあったウォーレスさんの顔は、けれど今は明らかに苛立ちと怒りとで満ちていて。
そんな彼の鋭い眼光に野盗たちは震え上がって――けれど、
「ざけんなよ、舐めやがって……おいお前ら、威勢はいいがあいつはたった一人だ! 囲んでボコボコにしてやらぁ!」
一人がそう言うや、全員が怯え混じりの顔で手に手に棍棒やナイフを取り出してウォーレスさんと私をぐるりと取り囲みます。
「ウォーレスさん……」
「俺の後ろにいろ」
ウォーレスさんが私を手で庇うのと同時に、野盗たちが一斉に襲いかかってきて。
……けれど。
「当たるかよ、んなの」
7人の攻撃を、ウォーレスさんはそう言いながらいとも簡単にいなしきってしまいました。
一人が振り下ろした棍棒の軌道を軽く左手でずらして、もう一人のナイフとぶつけて。またあるいは二人が突き出した剣の切っ先を同時に指で挟んで止めながらもう一人の曲刀の斬撃を蹴り出した右足で止めて。
腰に吊った剣を抜くことすらなく、左手と右足だけで――ウォーレスさんはあっさりと、7人もの攻撃を完全に無効化していました。
「ほい、終わり」
言いながらウォーレスさんはその体勢から左手と右足を大きく振って。するとまるで竜巻でも起きたみたいな衝撃とともに、野盗たちがばたばたと洞窟の壁に叩きつけられていきます。
その間ほんの10秒にも満たなかったでしょう。たったそれだけで、野盗は残すところ、あのローブの男だけになっていました。
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