【17】始めよう、スローライフ
で、その件の顛末。
野盗どもを洞窟の中に縛って転がした後、俺たちは街へ戻りギルドで諸々を報告した。
どうやらこの野盗たちには鎮圧依頼が出ていたようで、結果として俺はその分の報奨金ももらえることに。ソラスの依頼だけのつもりが、結果的には思わぬ一石二鳥だった。
あのレイスの件も情報提供したところ、どうやらギルドづてに近隣の駐屯騎士団にも連絡をしてくれるとのこと。奴が何を企んでいたかは結局分からずじまいだったが――今後騎士団の方で捜査に当たってくれるのだそうだ。まあ、俺が気をもまなくてもなんとかなるだろう。
それとこれは余談だが。
『ああ、それはドラゴンじゃなくてトビヒハキオオトカゲですねぇ。あいつらはドラゴン特有の魔力集積器官――【角】がないのが特徴なんですよ。それ以外はドラゴンの特性とほぼ変わりませんが』
ノルド局長代理に訊いてみたところ、この通りの回答だった。釈然としないが、そういうものらしい。っていうかそれ単に角がないだけのドラゴンの亜種なんじゃないかと思わずにいられないが、余計な混乱を生みそうなのでやめておいた。
ともあれそんなこんなが終わると、すでに空はすっかり赤く――いや、端の方などはすでに黄昏色に変わりつつあった。
色々ありすぎて、今日は随分と疲れた気がする。そんなことを考えながら、ついでに腹の虫なども鳴らしながら一人、足早に宿屋に帰ると――
「ああ、おかえりなさい、ウォーレスさん」
開けて早々、一階の受付カウンター兼食堂兼酒場でソラスが俺を見てそう挨拶をくれた。
鼻腔に料理のいい匂いが漂ってくる。どうやらすでに夕食の準備を済ませていてくれたらしい。
「ウォーレスさん、ちょっとそこに座って待っててください。そろそろ料理が出来上がるので」
「ん、おお、ありがとう……って、休んでなくていいのか? 結構色々あっただろ」
「のんきなことを言いますね、ウォーレスさん。私が休んじゃったら誰がこの宿を切り盛りするんですか」
「君のお父さんじゃないのか」
「あの人にやらせてたら潰れちゃいます。それにそもそも、ウォーレスさんのおかげで怪我もなくピンピンしてますから、休む理由もありません」
辛辣すぎる一言でさらりと流して、彼女は手際よくシチューやら焼いたソーセージやらを皿に盛り付けると、俺の前のテーブルに置く。
「さあどうぞ、お召し上がり下さい。当店自慢のただのシチューとただのソーセージです」
「本当に自慢する気があるのか……? お、でも旨い」
疲れた体に塩味がよく染みるメニューであった。舌鼓を打ちながら匙を進める俺を微笑を浮かべながら見つつ、彼女は俺の前の席に座る。
「おかわりはいくらでもありますからね。他のお客さんはいないので」
「それはなんだか反応に若干困る話だな……でもまあ、ラッキーと思っておこう」
そう返して、ふと俺はソラスの方を見て――そのエプロンの胸元に、何かがぶら下がっていることに気付く。
「私の豊満な胸部を注目してどうされたんですか」
「違うし、心と視線を読まないでくれ。……なあ、それって」
俺が指差したのは、彼女の首から下がっている革製のカードホルダー。そこに入った、一枚のカードだった。
ソラスの肖像と名前、そして職業:【詠唱士】と書かれたそれは――
「冒険者カードというやつです。作ってもらっちゃいました」
「作ってもらっちゃいました、って……それってつまり」
「ええ。帰り際にサクッと、ギルドで冒険者登録してきました。意外と短時間で済むものなんですね」
あっけらかんとそう言う彼女に、俺は危うくフォークに刺したソーセージを落としそうになりながら訊き返す。
「君、冒険者になるのはイヤだったんじゃないのか。あの局員の勧誘だって突っぱねてたじゃないか」
「あんな怪しい風体の人にしつこく勧誘されたらイヤですよ」
妥当なご意見だった。
渋い顔をする俺にくすりと笑って、ソラスは続ける。
「……それに私、冒険者なんかにならなくても自分の身くらい自分で守れるって思ってましたから。だから必要ないって思って、だけど――あんな野盗なんかにさえ、全然何も抵抗できなくて。そのせいでウォーレスさんにもご迷惑を掛けてしまって。それがとっても悔しかったから……だから私、ちゃんと冒険者になって、強くなろうって思ったんです」
そう言ってこちらを見つめて、彼女は「それに」と付け加える。
「冒険者になればもう、『冒険者じゃないから下がってろ』なんて仲間はずれにされずに済みますし」
「ぐ」
言葉に詰まる俺を見てくすくすと楽しげに笑った後、ソラスは「というわけで」と区切り続けた。
「明日からは私、宿屋の娘兼冒険者としてどんどん強くなっちゃおうと思うんですが……あいにくと、パーティとかを組めるお相手が全然いなくて。できれば誰か、一緒に特訓とかに付き合ってくれる高レベルの先生がいればいいなって思うんですけど」
「……」
「今なら付き合ってくれる報酬としてこの宿屋でご飯食べ放題にしちゃいますよ」
「いや、メシ代取るつもりだったのかよ!?」
「冗談です」
分かりづらいから真顔で言わないでほしい。
「さあ、いかがでしょうかウォーレスさん。こんな美少女とパーティを組めるうえに先生として慕われるなんてお得もお得、世が世ならお金を払ってでも受けたいサービスではないかと思うのですが」
「押し売りのようにも感じるが」
言いながら、俺ははぁ、と息を吐いて――苦笑混じりに頷いて返す。
「まぁ、一人ってのもつまらないしな……わかったよ。よろしくな、ソラス」
「ええ、改めてよろしくお願いします。お客様……いえ、ウォーレスさん」
俺みたいな奴が新人冒険者の手助けなんて、ガラじゃないが。
……だがまあ、どうせやることもないのだ。こういうのんびりした生活も、悪くないかもしれない。
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