【9】カミ、あるいは異邦体

 結局根負けした俺はというと、半ばなし崩し的に街の冒険者ギルド支局へと案内されていた。

 案内員の後をついて薄暗いカウンターを通って進み、奥にある応接間へと通されて――「少しお待ち下さい」と言い残して案内員が出ていくのを見届けると、俺はソファに座ってポケットから冒険者カードを取り出した。


「……夢や幻じゃないみたいだな」


 ステータス表示が変わらず天文学的値を示しているのを確認して、俺は小さく息を吐く。

 わけがわからない。なんだっていきなり、こんなとんでもないステータスになっているのか皆目見当も――


「つかないわけじゃない、けどな。……っていうかどう考えても、コレのせいだよな」


 自分に突っ込みを入れながら、俺は左腕にはまった腕輪を見る。

 タイミング的に考えて、間違いなくこの装備の影響だろう。だが――何故?


『それはですねぇ、それを装備したのが貴方だったからですよ』


「わっ!?」


 唐突に上から投げかけられた知らない女性の声に、俺は思わず素っ頓狂な声を漏らしてその声の方を見る。

 そこにいたのは――天井からぶら下がるようにして立っている、見たこともない材質の純白の法衣をまとった美しい女性だった。

 空のように真っ青な、自然のそれとは到底思えない奇妙な色の長い髪。それだけで彼女がただならぬものであることは、直感として理解できた。

 異様な光景を前に俺はぽかんと口を開けたまま沈黙して。そんな俺を見てくすくすと笑いながら、鈴を転がすような美しい声で女性は続ける。


『ああ、失敬。突然話しかけたからちょっと驚いちゃいました?』


「……っ、突然とかそういう問題じゃない、なんだあんた、っていうかその気持ちの悪い立ち方なんなんだ!」


『はて……ああ、そういえば人間は重力方向にしか立てない生き物でしたね。これはうっかり』


 妙に落ち着いた様子でそう言うと、彼女は空中で一回転して俺より少し高い目線のところで浮遊する。


『とはいえ人間ごときと同じ高さに降りるのも癪なので、これでお許しを。……で、あとはなんでしたっけ。私が何者か? でしたっけ』


 空中で足を組んで座りながら、法衣の女性は『んー』としばらく考えた後でこう告げる。


『私は【異邦体アウター】――人間の文化的土壌にすり合わせて表現するなら高次元存在、いやさ”カミ”と言うのが一番齟齬の少ない表現でしょうか。いわゆるメガミサマというやつですよ』


「”カミ”? なんだそりゃ」


 聞き覚えのまったくない単語に首を傾げていると、女性は少し驚いた顔で口元に手を当てる。


『あれれ。伝わらない? ……ああそうか、この世界って精霊信仰が主体で、”カミサマ”の概念が存在しないんでしたっけ。これは誤算でしたが――まあめんどくさいのでメガミとお呼びください。貴方がた人間よりもとってもとっても高位で偉い存在です』


 丁寧なんだか不遜なんだかいまいちよく分からない調子で一方的にそう言う女性――メガミ。そんな彼女に、若干慣れてきた俺は質問を重ねた。


「人間より、高位……なんでそんな奴がいきなり、俺なんかに話しかけてきてるんだ」


『その質問は正確ではありませんね。私だって貴方みたいな華のないおじさんに話しかけたくて話しかけてるわけじゃないです』


「微妙に傷つく言い回しはやめてくれ。……じゃあ何で」


『貴方という存在が、私の領域にいきなり干渉してきたんです』


 そんなメガミの返答に、俺はいよいよもって眉間のしわを深くする。


「何言ってんだ? 俺は別に、そんなこと――」


『ええ、貴方の自発的な行動ではないでしょう。ただ……その遺物によって貴方という存在が急激に変質したせいで、貴方は私たち【異邦体アウター】の領域に干渉するスキルを得てしまった』


「領域に、干渉? ……もう少し分かりやすく言ってくれないか」


『そうですね。貴方がた人間が使っている指標を拝借して言うなら――貴方のステータスが人間離れしすぎたせいで、貴方はいくつものスキルを獲得したんです』


 冒険者はステータスの上昇に応じて【スキル】と呼ばれる特殊技能を習得することができる。

 例えば武器ごとの特殊な奥義であったり、あるいは【瞬歩】【ダメージ無効化】などの戦闘用技能、果ては【鑑定】【名料理人】など。

単に一定のステータスを達成することで獲得できるものもあれば、個人個人の潜在能力に応じて出現するユニークスキルなども存在するため、どれほどのスキルがこの世に存在しているかは冒険者カードの基礎設定をした研究者たちすら把握しきれていないほどである。

 メガミは、さらにこう続ける。

『そうして貴方が得たスキルのひとつがこれ……言うなれば【高次元干渉】とでも言うべきスキルでした』


「【高次元干渉】……?」


『簡単に言うと、私のように本来この世界に存在しないものにすら干渉することを可能とするスキルです。そしてそのスキルのせいで、私は貴方に引き寄せられてしまった――全く、いい迷惑ですよ』


 そんな彼女の一方的な説明に、俺は眉をひそめて返した。


「……そういやさっきあんた、『その遺物によって』って言ったな。あんたはこいつがどういうものなのか、知ってるのか」


『もちろん。でも、教えませーん』


 何だこいつ。

 若干イラッとする俺に、彼女は空中で器用に頬杖をつきながらこう続けた。


『っていうか、私に訊かなくても自分で調べられるはずですよ。さあ、その【腕輪】を【鑑定】してみてください』


「【鑑定】? 悪俺は【鑑定】スキルなんて持って――」


『今の貴方なら使えるはずです。先ほども言ったとおり、今の貴方は数多のスキルを習得している状態ですから』


「はあ……」


 そんなメガミの口車に、半信半疑ながらも乗ってみることにする。よくゴウライがやっていたように親指と人差し指とで輪を作り、左手にはまった腕輪を見てみると――


「うお!?」


 いきなりいくつもの表示が腕輪から飛び出してきて、俺は思わず声を上げる。

 そこにはびっしりと、アイテムのステータスや付与された特殊能力が表記されていたのだ。


「マジでできるのか……。でもゴウライのやつは基礎ステータスしか見えないって言ってたけど、これは……?」


『貴方の【鑑定】スキルはレベル99、極限値です。この世界で、今の貴方に鑑定できないアイテムは存在しないでしょう。それよりもその詳細をよく見てください』


 メガミに促されて、俺は腕輪と、そしてついでに剣のほうも取り出してその詳細を目で追う。


【天啓の腕輪】:装備種別:腕輪

<基礎ステータス>

【防御】+5

<特殊能力>

【装備解除不可】

【鍛錬の功徳】…装備者のレベル×10を【生命】【精神】【魔力】【防御】【敏捷】【器用】【抵抗】【魔法抵抗】に加算する。


【天啓の枝】――装備種別:片手剣

<基礎ステータス>

【力】+5

<特殊能力>

【装備解除不可】

【不別の加護】…この装備は、いつでも装備者の手元に返ってくる。

【鍛錬の功徳】…装備者のレベル×10を【力】に加算する。


「レベルの10倍を、ステータスに加算……?」


『普通の人間のレベルなら、そこまで大した性能にはならないんですけどね。その遺物を装備した人間が貴方だったから、妙なことになってしまいました』


 仮にレベル56のエレンがこれを装備したとして、ステータスの加算値は+560。

彼女の持っている勇者の剣、【聖剣レイライン】がステータス換算で【力】+1200だから、仮に彼女たちがこの装備の真の性質に気付いたとしても見向きもしなかっただろう。


「……だから、『それを装備したのが貴方だったから』――か」


『そういうわけです。いやあ全く、困りました。こんなバランスブレイカーが突然現れちゃうなんて』


 芝居がかった様子で大仰にため息を吐いてみせるメガミに、俺はしかし納得しきれない。


「……けどよ、そうは言うが、俺としては特に何か変わった感じもないぞ」


『そういうものですよ。ステータスというのはあくまで『発揮しうる能力の限界』を表したものでしかないですから。今は無意識的に普段どおりのポテンシャルに抑え込んでいるだけで、必要な時には必要なだけの力を引き出せる――先ほどの喧嘩の時みたいにね』


どうやらそういうことらしい。納得したかはさておいて、俺はもうひとつ、彼女に向かって問いを重ねた。


「……なるほどな。で、だとしたらメガミ。あんたは俺を、どうするつもりなんだ? ただそんなお役立ち情報を伝えるためだけに俺の前に出てきたわけでもないだろ」


 バランスブレイカー、と彼女は言った。どういう意味合いでそう表現したかは定かではないが、少なくとも何かしらの意図をもって今彼女はここにいるはず。

 そんな俺の想定に、しかしメガミは首を横に振ってみせるだけ。


『別に、あなたは秩序をめちゃくちゃにするからここでぶち殺します――とか、そんな物騒なこともないので安心して下さい。っていうか今の貴方、もう私でも殺せそうにないです』


「そんなにヤバいのか、俺」


『そんなにヤバいです。ステータスだけ見てもそうですが……今の貴方、ご自身で自覚していないところで他にもいろんなヤバいユニークスキルを覚えちゃってるんですよ。なんなら、本気出せばカミサマだってダース単位で倒せちゃいます』


 にわかには信じられない話だった。カミサマというのが何なのかはいまだにいまいちよく分からないが。

 あまりのふざけた話に呆然とする俺に、メガミは腕を組みながら続ける。


『なので、安心してください。貴方を止められるものなんて、この世界には存在しない――だからせいぜい言えることといえば、悪いこととかはしないでほしいな、ってくらいです。あんまりやりすぎると、【魔王】になっちゃいますからね』


 冗談なのかなんなのかよく分からないことを言う彼女に、俺はごくりとつばを飲み込むと、苦笑混じりにこう返す。


「……そりゃあぞっとしない話だ。せいぜいのんびりと、気ままに生きることにするさ」


『そうして下さい。お互い、めんどくさいことはイヤでしょう』


 そんなやりとりを最後に、ぱったりとその場から消え失せるメガミ。

 気配を探ってみるが、どうやらもうどこにもいないようだった。

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