【10/11/12】追放者ギルド
メガミとの会話を終えて、数分ほど経った頃。
「いやあ、お待たせして申し訳ない」
ノックとともにそう言って入ってきたのは、白い髭をたくわえた体格のいいベスト姿の男性であった。
彼もまた冒険者でもあるのだろう。シャツとベストは筋肉ではちきれそうになっていて、顔にはやはり大小さまざまな古傷が刻まれている。先ほどのチンピラもそうだが、事前知識なしに見たら完全にヤバい筋の人間だ。
俺の側までやってきて手を差し出すと、彼はその強面ににこやかな笑みを浮かべながら髭に埋もれた口を開く。
「ようこそお越し頂きました、ウォーレスさん。私がこのレギンブルク支局の局長代理をしております、ノルドと申します」
「ウォーレスだ、よろしく。……って、代理? 局長さんは?」
「ひと月前に逃げました」
早速聞かなきゃよかったようなことをさらりと言ってきたぞ。
若干嫌な予感を覚えつつも差し出された手を軽く握った後、俺とノルド氏は向かい合わせにソファに座る。
案内人の女性局員が紅茶のカップを卓上に置くと、ノルド氏が口を開いた。
「いやはや、高名なウォーレスさんをお迎えするというのに大したもてなしもできず、申し訳ない。なにぶん懐事情が寂しいものでしてね」
「いや、それは構わないんだが……意外だな。冒険者ギルドにも経営難とかあるのか」
「ギルドの名の通り、我々はあくまで地域ごとの冒険者同士の互助組織に過ぎません。各地に支局として展開していますし、情報網などもある程度は共有していますが――運営状況は支局ごとに独立しているんです」
苦笑まじりにそう話すノルド氏。人の良さそうな笑顔だが、よくよく見ると灰色の髪には白髪も多く混じっていて、表情にも疲れを感じさせる。
「十年前の魔王戦役の頃は、この支局にも多くの冒険者さんがたが登録していて専属として仕事を受けてくれていたんですが……平和になってからは皆さん安定したお仕事に就く方も多くて。いや、平和なのはいいことなんですがね」
冒険者の中にもエレンたちのようにどこのギルドにも所属せずに各地を旅するタイプと、各地のギルド支局に登録してそこを中心にクエスト依頼などをこなしていくタイプとがある。
一般的に「冒険者」という単語が指していたのは本来前者なのだが、稼業としては地域に定住して定期的にクエストをこなし、そこで名声を上げていくほうがプラスになりやすいため、後者のような冒険者も増えたのだ。
「登録冒険者の数が減れば、クエストの依頼も減っていきます。そうなると仲介をする我々も、先細るばかりで……そこで、ウォーレスさんみたいな方にぜひとも、うちの登録冒険者として依頼をこなして頂ければと」
「なるほどな……」
この支局に限らず、各地の冒険者ギルド支局でも「名物冒険者」を看板に掲げているところはちらほらある。そういう広告塔がいたほうが、冒険者ギルドとしても依頼を集めやすいというわけなのだろう。
ノルド氏の話にうなずきながら、俺はしかし「うーむ」と唸る。
「事情は分かったが……俺でいいのか? 聞いてると思うが、俺は……勇者のパーティから追放されたんだぞ」
そう言って俺は、これまでの事情を正直に話す。……メガミの話などは、さすがにぼかしておいたが。
ひととおりの話を聞き終えると、ノルド氏はふむ、とゆっくり頷いて口を開いた。
「あの【極限】ウォーレスのステータスが全て1だった、と……。なるほど、それはなかなかに驚きですな」
「だろう。今の俺は一応こんなステータスになってはいるが、とはいえこのよく分からん装備品のおかげで強くなってるだけだ。俺自身の力じゃない。ひょっとしたら急にまたこの腕輪が効果を失って、元のステータスに戻っちまうかもしれない――そんな奴を雇っても、あんたらだって困るだろう」
我ながら卑屈だな、と思いつつもそう告げると、ノルド氏は目を閉じ黙考する。もともとのいかつさもあって、とんでもなく怖い。
ややしばらくそうした後、ノルド氏は重々しく、その口を開いた。
「…………まあ、いいのでは?」
「へ?」
思わず気の抜けた声を返す俺に、ノルド氏は紅茶をすすりながらあっけらかんとした様子で続ける。
「ウォーレスさんがおっしゃった通りなら、たしかに得体の知れない力ではあるのでしょうが……とはいえそれも含めて、今のウォーレスさんの力ということでよろしいでしょう。我々としてはその力がなんであれ、ウォーレスさんがどんどんクエストをこなして下されば言うことはありません」
「そういうもんか……」
「そういうもんですよ」
なかなかに商売人気質がキマった御仁である。拍子抜けしそうになるが、俺はしかしなぜか妙な意地を張って、さらに言葉を重ねた。
「……けどよ、それでいいとしても、勇者パーティを追放されたやつなんて拾って、ギルドの評判に傷がつくんじゃないか?」
「心配性ですなぁ、ウォーレスさん。それも大丈夫です……というよりはむしろ、その方が都合がいいくらいですよ」
「え?」
どういうことかと首を傾げる俺に、ノルド氏はにこやかな笑みのままこう告げた。
「実はですね、ウォーレスさん。このレギンブルク支部は――パーティを追放された冒険者ばかりが集まったギルド、いわば『追放者ギルド』なんです」
「追放者、ギルド……?」
オウム返しに呟く俺に、ノルド氏は大きく頷いてみせる。
「昨今は冒険者さんがたもなかなか景気が悪いですからね。役に立たない、気に入らないパーティメンバーは追放して少人数でやっていこうと考える方々も、悲しいことに少なくない。うちに登録している冒険者さんがたは、そんな世情のあおりを受けて追放された方々なんですよ」
「なるほど……」
そういえばあの宿屋の娘も「最近は追放ブーム」とか不穏なことを言っていたような気もする。思ったより世の中は殺伐としているらしい。
「そうなると、あのチンピラみたいな局員もそうなのか」
「ええ。彼らは優秀な冒険者だったのですが、ふたりとも『見た目が三下っぽい』というだけの理由でパーティから追放されたようで」
それはわりとそうだな……と思ったが、口が裂けても言えない。
「ちなみにかく言う私も、追放された身でして」
「そうなのか。意外だな」
外見だけでもその隆々とした筋肉はかなり鍛えられたものと分かるし、見た目は強面だがこうして話している限りでは温厚で良い人物だ。
一体なぜ、追放されたのだろうか。
「妻と子と一緒に冒険者稼業を営んでいたのですが、妻に間男ができて家を追放されまして……。ギルドの賃金も、子供の養育費として毎月送らないといけないんですよ」
「重い」
そんな乾いた笑顔で言われるとなおさら辛さが身にしみてくるからやめてくれ。
心持ち先ほどまでよりも疲れた顔になりながら、「そんなことより」とノルド氏。そんなハードな身の上を「そんなこと」で片付けないでほしいものだった。
「何にせよ、そういうわけでこのギルドは追放者ばかりが集まっているギルドなわけです。なのでむしろ、ウォーレスさんが追放者であるというなら丁度いい――と言っては失礼かもしれませんが」
「いや、気にしないでくれ。実際そういう話なら、俺も肩身が狭くならずに済みそうだ。……けどよ」
「なんでしょう」
首を傾げるノルド氏に、俺は続ける。
「…………俺が言えた義理じゃあないが、そもそも追放者が集まってるから評判が下がってるんじゃないのか?」
「…………」
俺の告げたそんな言葉に、ノルド氏は首を傾げたままの状態で数秒ほど沈黙し。
「……そういうわけなので、我々としてはウォーレスさんをぜひとも歓迎したいと考えているわけです。いかがでしょうか」
華麗にスルーすると、そう言って俺に手を差し出してきた。
そんな彼を見ながら、俺は考える。
俺の頭にこびりついていたのは、エレンたちのこと。今の俺ならば、彼女たちに追いついて、また一緒に戦うことだってできるのではないか。
今度は足手まといではなく、ちゃんと肩を並べて。
そう考えて、しかし――
『話しかけないで』
最後に聞いたエレンの冷たい言葉が、脳裏をよぎる。
彼女は俺を、追放した。
きっと――彼女のパーティには必要ない存在だと知ったから。いや、それだけではないかもしれない。
なにせ俺はずっと、彼女たちに秘密を抱えたまま一緒にいたのだ。
そんな奴と一緒に旅を続けるなんて、そんなのは誰だって、嫌に決まっている。
俺は、追放されるべくして追放されたのだ。ならば。
「……分かった。よろしく頼むよ、局長代理」
ため息交じりにそう答えて、俺はノルド氏とがっしりと握手を交わす。
追放者ばかりの冒険者ギルド。なんだか胡乱な気配しか感じないが、とはいえ今は先立つものもない状況だ。
それに――こういう場所の方が、かえって気楽に気ままにやれるかもしれない。
他ならぬ勇者本人から追放されたのだ、王から与えられた使命なんてもう関係ない。俺は俺の人生を、のんびりやりたいように生きるだけ。
幸い今の俺には、それを実現するだけの力だってあるのだから。
かくして勇者パーティを追放され、冒険者ギルド・レギンブルク支局の登録冒険者へと鞍替えを果たした俺。
ほんの軽い気持ちで選んだこの道が、どこに続いているのかなんてのは
――今の俺にはまだ、知るよしもなかった。
いやまあ別に、そんなシリアスな話にはならないんだけどな。
――。
さて、そんな話を済ませて書類上の手続きなんぞをいくつか終えてギルドのロビーに出ていくと――片隅のおんぼろのソファに、見覚えのある小柄な少女が座っていた。
あの、宿屋の娘だった。
「遅かったですね、ウォーレスさん。待ちくたびれちゃいました」
「俺は君が待ってるなんて思いもしなかったんだが……何してるんだよ、こんなところで」
「何ってそりゃあ、ウォーレスさんを迎えに来てさしあげたんじゃないですか」
「迎えに? なんで」
「ウォーレスさんのこの街での滞在場所として、うちの宿の一室をお貸ししようかと思いまして。ああ、もちろんお代はギルドの方から頂くのでご安心を」
「そりゃあありがたい話だが……なんだってまた」
「私は冒険者界隈のお話には疎いのでよく分からないですけど、有名人なんでしょう、ウォーレスさん。ならそういう人を泊めていればうちの宿屋にも箔がつくというものです」
清々しいぐらいに打算だった。
苦笑を浮かべながら、俺は肩をすくめて彼女に頷く。
「ああ、そうかい。まあでも、何であれありがたい。それじゃあこれからしばらくの間、よろしく頼むよ。ええと――」
「ソラス。ソラス・トライバルと言います。よろしくどうぞ、お客様」
あまり営業的でない涼やかな笑みを浮かべてそう返すと、彼女――ソラスは「ああ、そうそう」と付け加えるように呟いた。
「それはそれとして、ウォーレスさんに早速ひとつクエスト依頼を出させて頂きました。初仕事としてぜひ、こなしていただけると幸いです」
「依頼だって?」
ソラスの言葉にそう訊き返しながら、俺はロビーの壁に貼り付けられた依頼掲示板を見る。
「近隣の野盗退治」だとか「行方不明の子供捜索」だとかまばらにクエスト依頼書が貼られたその中には、たしかにソラスの名前で出されたものが一枚あった。
「なになに……『薬の材料調達依頼』? 君、体の具合でも悪いのか?」
そんな俺の質問に、ソラスは首を横に振る。
「いえ、私は健康体そのものですが……私のお父さんが少しばかり病弱でして。滋養強壮のためにと定期的に薬を調合しているんです」
「お父さん、か。……なるほど、だから君が一人で宿を切り盛りしてたのか」
「そんなところです」
短く頷いた後、彼女はそこでその形の良い眉を少しばかり困ったようにしかめる。
「で、その薬の素材を定期的に街の外の森まで集めに行っているのですが……最近そこにモンスターが住み着き始めて、私一人では近寄れないのです」
そんな彼女の言葉で、俺も合点がいく。
「なるほど。だからモンスターを追い払ってくれと、そういうことか」
「はい。……お願いできると、幸いなのですが」
そう言ってくるソラスに――俺は依頼書を手に取りながら、頷いてみせる。
「ああ。寝床を貸してくれるってんなら、その恩もあるしな。この依頼、俺が引き受けるよ」
そう返すと、ソラスはぱあっとその表情を和らげて笑みを浮かべる。
「ありがとうございます、ウォーレスさん。であれば道案内に私も同行しますので」
「ああ、頼むよ。……ちなみにモンスターって、どんな奴なんだ?」
何気なくそう問うと、彼女は笑顔のまま、
「トビヒハキオオトカゲです」
「トビヒハキオオトカゲか。聞き慣れない名前だな……」
「ええ、まあ。ちょっと空を飛んだりするくらいの、何の変哲もないトカゲですよ。ウォーレスさんなら楽勝だと思います」
「過大評価な気もするが……まあいいか。トカゲの1匹や2匹くらいなら、実際楽勝だろ」
以前の俺ならばわからないが、今はこの【腕輪】と【剣】があるのだ。
そんじょそこらの雑魚モンスターになら、まるで負ける気はしなかった。
そう。そんじょそこらの、雑魚モンスターになら――
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