【7】おっさん VS チンピラ(?)<1>

「貴方たちと話すことはもうないんで、出ていってくれますか。営業妨害です」


 チンピラ相手に、その小柄な体で気丈にそう啖呵を切る宿屋の娘。そんな彼女を見下ろして、二人組は下卑た笑みを浮かべる。


「へへ、威勢がいいじゃねえの。そうでなくちゃあ始まらねえが」


 舌なめずりしながらそう言ったのは、スキンヘッドに遮光眼鏡をかけた筋骨隆々の大男。ゴウライほどではないにせよだいぶガタイがいいし、顔に刻まれた傷跡は明らかにカタギの人間ではないと主張しているようだ。


「ですねぇダンナ。へへ、このくらいの跳ねっ返りじゃないとすぐツブれちまいますからねぇ」


 そう言って卑しい笑みを浮かべて頷く男は、今どきなかなか見ないようなモヒカンがとにかく印象的。こちらもこちらで、やはりザ・チンピラとでも言った風貌である。

 そんな二人とにらみ合う宿屋の娘――どう考えても見過ごしていい状況ではないだろう。


「おいおい、真っ昼間から何してんだよ?」


 そう言いながら俺が娘さんの前に割って入ると、彼女は少し驚いた様子で俺を見た。


「なんだぁ、テメェ」


剣呑な目つきでこちらを睨むチンピラ二人と、


「貴方、さっきの捨てられおじさん」


 そんなことをのたまってくる宿屋の娘。


「妙なあだ名をつけるな。……騒がしいから出てきてみたら、何なんだこのお客さんがたは」


「お客さんではないです。この人たちは私を……売り物にしようとしているんです!」


「売り物?」


「はい。私の体で肉体労働をさせようとしているんです!」


びしぃ、とチンピラどもを指差して告げる宿屋の娘。対するチンピラたちはというと、げへへ、とお手本みたいなチンピラ笑いを漏らしながら、


「知ってるんだぜ。最近はまた物騒になって旅の冒険者も減ったからなぁ……冒険者相手に商売してるこの宿、けっこう経営苦しいんだろ?」


「嬢ちゃんならこんなボロい宿屋をやってるよりはよほど稼げると思うぜ。まだガキなのは気になるが、そういうので喜ぶ客もいるしなぁ?」


 おいおい、マジだこいつら。テンプレみたいなセリフばっか吐きやがる。

 俺は宿屋の娘を後ろに庇ったまま、連中を睨みつけて手を払う。


「痛い目を見たくなきゃ、帰りな」


「あぁ? オジサン、もしかしてやる気なわけかい? ん?」


「おいおいおいおい、アニキに喧嘩売るなんて瞬殺ですぜこりゃあ」


 喧嘩腰でそう言ってくる二人を前に、俺は頭をかきながら肩をすくめる。

 こちとらこれでも昨日までは勇者パーティの後ろをついて歩いていたのだ。こんな街のしがないチンピラ風情に負けるはずもない。

 そうたかをくくって、俺はいつも腰に下げている愛用の剣に手をかけようとして――その手は、空を切る。


「……あ゛」


 忘れていた。そういえば、装備品は全部エレンたちに持ち逃げされたのだ。

 ……つまり、今ここにいるのは丸腰の、ステータスオール1のただのおっさんでしかない。

 首の後にだらだらと脂汗をかいている俺の前で、遮光眼鏡のチンピラが腰から手甲――格闘家などが用いる、武器としてのそれだ――を取り出して手にはめる。


「観念するんだな、アニキはレベル40の【格闘家】だ――そんじょそこらの冒険者じゃあ相手にならねえ」


 マジかよ。普通にフル装備だったとしても勝てるかどうか怪しいじゃねえか。


「あー、まあ、その、なんだ。やっぱりほら、こういうのは話し合いとかで解決するのが良いと思うぜ、うん」


「さあ捨てられおじさん、このチンピラたちを返り討ちにしてやってください!」


「なんでお前焚き付けてくるかなぁ!!?」


 後ろからやいやい言ってくる宿屋の娘のせいで、完全に試合のゴングが鳴り響いてしまった。


「さーて、殺しはしねえがちょいと痛い目見てもらうぜ」


 拳をこきりと鳴らした後、勢いよくこちらに向かって右フックを撃ち出してくるチンピラ。

 ステータス1の自分に比べれば【器用】も【敏捷】も遥かに高い相手の一撃である。どう足掻いても避けられるはずもない。

 ああくそ、昨日といい今日といい、最悪なことってのは続くもんだな! そう胸中で毒づきながら、俺はせめてもの足掻きとばかりにどうにか身をひねる。

 すると――その瞬間、俺は妙なことに気付く。

 殴りかかってこようとするチンピラ。その動きが、どうにも妙に、遅く……緩慢に感じられるのだ。

 俺が半身をそらすと、奴の拳はゆっくりとした速度で俺の横を通り過ぎていく。


「この、避けやがったな!」


「避けるっていうか……遅すぎねえか、その攻撃?」


 正真正銘素直な感想だったのだが、結果的に凄まじい煽りになってしまった。


「ふっ、ざけやがって……ならこれだ、【必中撃】!」


 額に血管を浮き上がらせて、怒りに任せて再び殴りかかってくるチンピラ。

 【必中撃】。格闘家が習得するスキルのひとつで、どんなに機敏な相手にも確実に一撃を撃ち込めるという秘技だ。

……の、はずなのだが。やはりその動きは笑ってしまうほどに単調で。

 だから俺は思わず、突き出されたへろへろの正拳を真正面から手で受け止めてしまう。

 ゆっくりと繰り出された拳の衝撃は、やはり弱々しいもので。はっきり言ってこれならば、まともに食らったところで毛ほどの痛みもないだろう。

 あまりにもお粗末なその攻撃を受けきった俺を見て、目の前のチンピラはその遮光眼鏡をずり落ちさせながら、強面に似合わぬやけにつぶらな目でこちらを見つめて愕然とする。


「な……え? 嘘だろ……?」


 嘘だろ、と言いたいのはこちらの方なのだが。そう思っていると後ろの宿屋の娘までもが、呆然とした顔で俺を見つめていた。


「あんな速さの一撃を、受けきっちゃうなんて……」


「あんな速さ、って……。こんなへろへろパンチじゃスライムだって倒せねえだろ」


 そう言いながら、握ったままだったチンピラのナックルを軽く払う。

 すると――冗談みたいな勢いで、奴の体ごと宿屋の外まで吹っ飛んでいった。


「アニキーーーーーーー!!!??」


「は……?」


 あまりのことに、思わず自分の手を見つめる。まるでピクシーにでも化かされているような気分だった。

 状況についていけずに戸惑っていると、後ろからくいくい、と宿屋の娘が俺の服の端を引っ張ってくる。


「……あの、その。ありがとうございます、捨てられおじさん……。まさかこんなにお強い方だなんて思ってませんでした」


「感謝してくれるならそのあだ名は勘弁してくれ……俺はウォーレス、ウォーレス・ケインだ」


「ウォーレス、さん……」


「ウォーレス、だとぉ……?」


 そう割り込んできたのは、手下の肩を借りてよろよろと起き上がったあのチンピラだ。

 割れた遮光眼鏡の位置を直しながら、奴はわなわなと震える声で呟く。


「ウォーレスって……【極限】のウォーレスか!? 誰も到達したことのないレベル9999を達成したっていう、あの!?」


「え、そんな通り名ついてたの俺?」


 そういうのは勇者パーティの他の連中だけだと思っていたのだが。若干の気恥ずかしさを感じつつも、どうやら少しビビってくれているようなのでこちらもあえて表情を険しくして睨みつけてみる。


「ひっ……!」


 蛇に睨まれたカエルみたいに縮み上がるチンピラたち。効果は抜群だった。


「俺のことを知ってるなら話は早い。もう一度言うぜ、これ以上痛い目を見たくなければ消えな。……こんな子を身売りさせるなんて、いくらなんでも外道が過ぎるぜ」


 精一杯のドスを効かせながらそう告げると――


「「「え? 身売りって、なんのことですか?」」」


 見事にハモったそんな返事が、後ろと前から返ってきた。というか。


「……いや、なんで君まで疑問形なんだよ。君自身がさっきそう言ってたろ」


「え、そんないやらしい……ひょっとして捨てられおじさんはロリコン的発想をお持ちなんですか?」


「んなわけねえだろ! だって君、『私の体で肉体労働をさせようとしているんです』って」


「ええ、ですから……あの人たちは私を冒険者としてスカウトして、モンスター退治とかお使いとかをさせようとしているんです」


「……は?」


 その言葉に俺が呆然としていると、ボロボロのチンピラがこちらまで近寄ってきて、懐から何かを取り出して渡してきた。


「あー……俺ら、こういうもんでして」


 手渡されたのは、名刺。そこには「レギンブルク冒険者ギルド支局員、ゲハルト・ピラー」と記されていた。

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