【6】「剣」と「腕輪」

「……っ、どういうことだよ、これはッ!?」

 一晩眠って体力のほうは全快したが、代わりにどっと冷や汗が吹き出すのを感じて俺は肌着姿のまま下の受付に向かう。

 俺の格好を見た宿の娘さん――三編みでまとめられたふわふわのプラチナブロンドが印象的な、小柄な女の子だ――は目を白黒させていたが、こちとらそれどころではなかった。


「なあ、あんた! エレン……真っ赤な髪の女の子たちが昨日泊まってたろ! どこ行ったか知らないか!?」


「ひょあっ……!? え、ええと――ああ、朝早くにチェックアウトした4人連れの方ですね」


「チェックアウトしたぁ!?」


「ええ、『一人まだ寝てるけど、起こさないで』って言って……あ、ひょっとして貴方がそのねぼすけさん」


「好きで寝てたんじゃねえよ! ……ああ怒鳴ってすまん、それで、その4人連れはどこに行くって言ってた!?」


 思わず声を荒げた俺のせいで涙目になってしまった娘さんを慌ててなだめつつそう問うと、彼女は意外とけろりとした顔で首を横に振った。


「何も言っていなかったので、分からないです」


「何も、って……」


「あ、もしかしてアレじゃないですか? 最近流行りのパーティ追放っていうやつ。よく聞きますよね、足手まといの仲間を捨てて夜逃げしちゃうって話。世間はいわば追放ブーム――」


「ふざけんな!」


「ぴぃっ!!」


 また泣かせてしまったが、今のは明らかに煽りに来ていた節もあるので娘さん側にも責任の一端はあると思う。ってかなんか無駄にキャラ濃いぞこの子。

 なんだかげっそりと疲れるのを感じながら、俺はしばしの逡巡の後、ひとまず彼女たちを追いかけることに決める。

 早朝に出ていったということだから追いつけるかは怪しいが、聞き込みをしていけば何か手がかりも見つかるかもしれない。それに、


「あ、そういうことなので、お部屋そろそろ空けてくださいね?」


 営業スマイルでそう言う宿屋の娘。……もうチェックアウトされてしまっている以上、宿屋に長居もできないというわけだ。

 妙にしたたかな彼女の圧に気圧されながら俺は部屋に戻ると、急いで身支度と荷物の整理をしようと鞄を漁り。

 数秒ほどそうしているうちに、奇妙なことに気付く。


「……装備が、ない?」


 国王から旅立ちの際に支給された品々。【シャープエッジ】【ハイミスリルコート】【生命の首飾り】、その他諸々――どれもS級の高性能装備ばかりだった。

 おかげで俺本体のステータスの貧弱さをどうにか誤魔化しながらここまで来れたのであるが、どうしたことかそれらの装備品たちが鞄の中、いやさ部屋中を探してもどこにも見当たらない。

 それどころか、鞄に入れていた回復薬などの各種消耗品の数々までもがごっそりとなくなっている。となると、これは、つまり。

 考えたくない可能性だが――状況からするに、エレンたちが抜き取っていったとしか思えない。


 先ほど宿屋の娘が言った「追放」という言葉が脳裏をよぎる。

 気分が悪い。頭がくらくらしてきそうなのをどうにかこらえて、俺は壁に身を預けると深いため息を吐き出す。


「追放? なんで、そんな」


 決まっている。俺のステータスが、どうしようもないくらいに貧弱で、最弱だからだ。

 そして俺はそのことをずっと隠して。エレンたちを騙して、ついてきた。

 そのことがバレたから――彼女たちは俺を見限った。

 見限って、追放して、捨てていった。

 誰に尋ねるでもなく、分かりきったことじゃないか。


「だっせぇな、俺」


 落ち込むのを通り越して、思わず笑ってしまう。

 追いかけようと思って焦っていた気持ちも、すっかり消え失せていた。

 あいつらは俺を、いらないと思ったんだ。ならそんな俺が追いかけたところでそんなの、あいつらにとっても迷惑きわまりないだろうさ。

 それにどっちみち、装備や消耗品まで巻き上げられてしまった以上、今の俺じゃあ街の外をうろつくのだって難しい。というか、どう考えても無理だ。

 このレギンブルク周辺のモンスターの平均レベルはおよそ30。すかんぴんの俺がノコノコ出ていこうものなら瞬殺にされるのがオチだろう。


「っはぁ…………本当、笑うしかねえな」


 根無し草の冒険者。手元に残っているのはいくばくかの路銀と今着ている平服、そして明日の下着くらいのもの。

 宿なし、装備なし、ステータスなし。冒険者としてこれ以上ないくらいに詰みきっている。


 そんな自分の状況に呆れて笑いながら、俺はその場で座り込むとしばらくぼんやりと窓の外を眺めて――


「いや、本当にマズいなこれ」


 およそ十五分くらいそうしていた後でようやくショックから立ち直って我に返ると、慌てて自分用の鞄を掘り返す。

 やはり二回見直したところで大したものは残っていない。よれよれの自分のパンツと、後は愛用のフライパンや食器などの日用品、そして今までの旅の最中に鞄に流れてきた(もとい、邪魔なので押し付けられた)ガラクタが数点。

 他には何かないだろうか。そう思って部屋を見回したところで、俺は机の上に何かが置かれているのに気付いた。

 【俊敏】1で出せる最高の速さで机に飛びつくと、俺はそこにあったものを見て再び大きなため息をつく。


「昨日のガラクタか……」


 机の上に無造作に転がっていたのは、昨日のダンジョンから持ち帰ってきたあの腕輪と剣……の形をした錆だらけの遺物だった。

 これらを持っていたのはゴウライだったから、彼が置き忘れていったのだろう。

 置き忘れたところで売値2ギリンのゴミ・オブ・ゴミだから何の痛手でもない、むしろかさばるから俺に押し付けていったのかもしれない。

 そんな後ろ向きな発想のまま、俺は腕輪の形をした遺物のほうを手にとって――なんとなく、腕に装備してみる。

 呪いのアイテムだったりすると困るな、と一瞬思ったが、それでも装備なしよりはマシだろう。そんな若干の投げやり気分のまま腕に通して――その時のことだった。


「ん?」


 まず感じたのは、奇妙な熱。腕輪をつけた左手が、妙に熱くて――俺は嫌な予感を感じて冷や汗を垂らす。

 マジかよ、本当に呪いのアイテムなんじゃないだろうなこれ?

 若干の焦りとともに腕輪を外そうとするが、まるで皮膚にくっついているかのようにびくともしない。

どうすることもできずに見ていると、それはやがてだんだんと、その錆に覆われた表面の隙間から光を溢れさせて――一瞬のうちにその光は膨れ上がって、視界を覆い尽くす。


「っ――!?」


 目の前が真っ白に染め上げられて、俺は思わずその場で尻もちをつく。

 数秒か、あるいは数十秒ほどだったか。視界が元通りになって腕を見ると――そこで俺は、目をみはった。


「……何だ、こりゃあ」


 左腕にはまっていた腕輪。錆だらけでボロボロだったはずのそれは、今やまるでその姿を変え――錆ひとつない、薄銀色の輝きを放っていたのだ。

 表面に細かな紋様が彫り込まれた、精緻な作り。その隙間には薄緑色の光が循環していて、脈打つように胎動している。

 それだけでも、理解の及ばない状況だったが……さらに俺はもうひとつ、奇妙なことに気付く。

 腕輪のはまった左腕。その手にはいつのまにか、一振りの長剣が握られていたのだ。

 白銀色の、透き通るような刀身。柄は純白の金属で飾られて、その隙間からはやはり腕輪と同じように光が脈打っているのが見える。

 見覚えのまるでない剣。だがしかし、今の状況から俺はすぐに理解する。


「あの、剣の形の遺物……か?」


 誰にともなく呟くが、当然答えが返ってくるわけもない。だが、そうとしか思えなかった。

 何なんだ、一体? パーティから追放されたショックで、気が変にでもなってしまったのだろうか。

俺は剣をいったん壁に立てかけると、ポケットに入れていた冒険者カードを引っ張り出す。

 冒険者カードでは、現在の装備の状況なども閲覧することができる。そこを見ればこの謎の装備品たちの正体も分かるのでは、と思ったのだが――


「あれ?」


 カードの表面を見て、俺は眉根を寄せる。普段であれば登録者の顔と名前、レベルと職業、ステータスなどが表示されているはずのそこに――今は何も映し出されず、代わりに真っ黒い画面とともに「エラー」の表示だけが浮かんでいたのだ。


「なんだこりゃ……」


 見つめ続けていても、表示が変わる様子もない。不具合だろうか、そう思いながら首を傾げていたその時のことだった。

 開けっ放しの部屋の扉――その外のほうから、かすかに何か、言い争いのような声が聞こえてきたのだ。

 耳を澄ませるとどうやら階下、一階のフロントのほうからのようだ。

 わずかに逡巡した後……俺は部屋を飛び出し階段を降りて、何事か見に行く。

 するとそこではあの宿屋の娘が、ガラの悪そうなチンピラ二人組を前に険悪な雰囲気を漂わせていた。

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