【4/5】剣士、追放

「あー、拍子抜けー! むかつくー!!」


 辺境の街、レギンブルク。宿屋の一階に入った酒場で、そう声を上げたのはエレンその人だった。

 パーティメンバー全員……否、ルインはダンジョンから戻って早々「寝る」と言って部屋に戻ってしまったので4人でテーブルを囲みながら、各々飲み物を口に運ぶ。ちなみに安心してほしい、明らかにたちの悪い酔っぱらいみたいな剣呑さを漂わせているがエレンが飲んでいるのはただのりんごジュースだ。

 空になったジョッキをぶんぶん振りながら、彼女は不服げな顔で口を開く。


「古いダンジョンの遺物だっていうからどんなスゴイものが入ってるかと思ったら、ただのガラクタだったなんて。とんだ骨折り損だわ」


 今回のダンジョン探索依頼。この街の冒険者ギルドから発行されていたそれは、街外れの古いダンジョンの奥に巣食うモンスターを一掃して学術調査のための露払いをしてほしいというもの。

 あくまで討伐のみが依頼であり、奥で財宝などを発見したらこちらで懐に入れてしまって構わない……という条件まで付いてのなかなかに美味しい依頼。ちょうど路銀が心許ない状況だったので、エレンはこの冒険者ギルドからの依頼をあっさりと受けることにした。

 だが――結果はというと、


「鑑定屋のおじさん、『ガラクタだ』って断言してましたね……」


 苦笑いするラーイールの言った通り。そう、回収してきた遺物とやらは、売っても2ギリン(*この世界における貨幣単位)程度にしかならないガラクタだったのである。

 鑑定屋から買取拒否をされて突き返されたそれを、ゴウライが懐から取り出し掲げる。

 全体的に朽ち、錆のようなもので覆われた腕輪のようなもの。これと同じような古めかしい剣のようなものの二品が、本日の収穫だった。


「なかなか曰くのありそうなモノなのにな」


「うむ。ただならぬ代物と思ったが……いやはや、こういうこともあるものだな」


 口々に言って頷く俺とゴウライ。

ダンジョンの最深部でこの腕輪と剣とが収められていたのは、空っぽになった巨大の棺の中だった。あの状況から見れば、とんでもない高性能のマジックアイテムなどでもいいと思うのだが……現実はなかなか甘くない。

 ゴウライが親指と人差し指とで輪を作り、そこを通して腕輪を見つめる。

 彼の持つ補助スキル、【アイテム情報開示】を使っているのだ。


「古すぎて、付与スキルなどの情報は読み取りきれん。基礎性能は【防御】+5のみ……そこらの露店のものと大差ないか」


 鑑定屋の見立てと変わらぬ彼の説明に、エレンはため息をつきながらテーブルに突っ伏す。


「ギルドからの報酬がそこそこだったからいいけど、もっと大儲けできると思ったんだけどなぁ。うーん、不完全燃焼」


「まあ、そういうこともあるだろ」


「あるだろ、じゃないわよ。そりゃあ貴方は後ろでうろうろしてただけだからいいでしょうけど」


「エレンさん、言い方……」


 ラーイールが嗜めるが、俺としてもそこについてはぐうの音も出ない。

 実際、俺には少なからず彼女に――否、彼女たちに対して負い目があったからだ。


「だいたいウォーレス、貴方はね、前衛だっていうのにやたらと打たれ弱いし、かといって攻撃力があるわけでもないし……どうなってるのよ。レベル9999なんでしょ?」


「あー、それはだな……まあ、色々あるんだ、色々」


「何よ、色々って」


「それは……まあ、いいだろ別に」


 一方的にはぐらかして、俺はジョッキの麦酒の残りをあおると席を立つ。


「どこ行くのよ」


「お花を摘みに。言わせるなよな」


 ひらひらと手を振ってテーブルから離れると、俺はそのままトイレの個室に入って大きなため息を吐き出す。

 エレンたちに、俺は自分のステータスのことを打ち明けていない。

 冒険者同士はお互いのステータスを目視で確認することもできるが、俺は冒険者カードの設定を【非公開】にしているので勝手に見られることもない。

 ステータスは1であるが、幸い国王から下賜された強力な装備品の数々のおかげでだいぶ水増しできているのである程度はごまかして動けてはいる。……と言っても、装備での上昇分も合わせてようやく普通の剣士で言えばレベル30程度といった程度だが。


「やりづらいな、全く」


 小さくぼやいて、もう一度小さく息を吐く。

 俺だって、別に望んでこのパーティに参加したわけじゃない。国王の誤解で強制的に集められて有無を言わさず決められただけのことだ。

 魔王が復活するかもしれないというのは一大事だが……とはいえそんなことはあいつらだけでもどうとでもなるだろう。

 ならばなぜ、わざわざ真実を隠してまで無理してついて行っているのか、と言われれば……まあなんというか、なんだかんだであいつらに愛着が湧いてしまったからだろう。

 エレンはとにかく口が悪いし思ったことを正直にズケズケ言ってくるが、なんだかんだで仲間思いで悪い奴じゃないし。

ゴウライは見た目通りに頼りになる良い奴だし、ラーイールも「聖女」の呼び名に相応しい、優しい子だ。

 ルインはまあ、何考えてるのかはよく分からんが多分あいつもあいつでちゃんと世界を救うことを考えてついてきてるんだろうし……ついでにあいつの場合、生活能力が絶望的すぎるからそういう意味で誰かが見ててやらないと色々危ない。

 最初は足手まといになるくらいなら自分でバラして抜けてやろうかとも思ってたけど――今はまあ、なんとか最後までついていければいいと、そう思ってる。

 ……基本は役立たずだけど、炊事洗濯とか、後は……さっきみたいに肉の盾くらいにはなれるしな。


「ウォーレス殿。トイレが長いようだが、腹でも下したか!」


 扉越しにゴウライの呼ぶ声がして、俺は苦笑しながら、


「大丈夫だ。別に――」


 そう返そうとした……その時だった。

 最初に違和感を覚えたのは、肩。今日ダンジョンで矢を受けた部分……すっかり傷も塞がったそこに、ちくりとした痛みを感じて。

 それからすぐ、全身にずしりとした痛みが駆け抜けた。


「っ、がぁ……!?」


 突然のことに思わず声を漏らしながら、俺はトイレの扉を押して外に出て、そのまま転がるようにして床に倒れる。

 扉の前にいたゴウライが、そんな俺をすぐに抱えて血相を変えて大声を上げていた。


「どうした、ウォーレス殿!! ……ラーイール殿、ウォーレス殿が――」


 その声を聞きながら、俺の意識はどんどん遠のいて……沈みゆく。

 こちらに駆け寄ってくるエレンの、珍しく血相を変えた顔だけが、妙に瞼の裏にこびりついていた。


――。

「……毒ぅ?」


 それから宿の二階に運ばれて、ラーイールの治療を受けて目を覚ました後。

 事情を聞きつけて集まってきたルインも含めた4人に向かってラーイールがそう告げると――エレンは信じられない、といった顔で声を上げた。


「はい、【毒】……いわゆる状態異常としての毒です。たぶん……今日のダンジョンでゴブリンの矢を受けた時に、かかったんじゃないかと」


「……ちょっと待ってよ。あのゴブリン、とんでもなく低レベルだったわよ? なんであんなのが、私たちに通じるような強い毒を持ってたわけ?」


「いえ、その……見たところ、【毒】系状態異常の中でも最低レベルのものでした」


 ラーイールは俺を一瞥した後で、歯切れ悪そうにそう返す。

 【毒】を始めとする状態異常は、【抵抗】のステータスが一定以上あればまずかかることはない。

 エレンたちの中で(俺を除いて)一番【抵抗】が低いのは後衛職のルインだが、その彼女でも300はある。

 使う毒系スキルのランクにもよるが、一般的にゴブリンたちが持っている【毒矢】スキルは毒系レベル1の最下級。このくらいの【抵抗】があればまずレジストできてしまう。

 だが――俺はというと、この通り。

 他のステータスに関しては装備品である程度上乗せできているが、【抵抗】だけは基本的に装備品では上昇しないステータスであるため、ここだけは生まれたままの「1」のまま。

 それゆえにあんなゴブリンの毒をあっさりと食らって、知らず知らずのうちに、体力を蝕まれ続けていたというわけらしい。

 なるほど、分かっている俺としては腑に落ちる話だったが――エレンはというと、そうではなかった。


「どういうこと、ウォーレス。あんな雑魚の毒を食らうなんて」


 鋭いその緋色の瞳には、わずかに猜疑の色が混ざっている。

 ごまかすべきか、俺は少し逡巡した末――正直に、打ち明けることにした。


「なあ、エレン。今から俺、【ステータス非公開】を外すから、ちょっと見ててくれるか」


「は? 何、唐突に――」


「いいから」


 そう言って俺はポケットから冒険者カードを取り出すと、その表面に触れて【ステータス非公開】の項目を切る。


「ステータス、オープン」


 俺がそう言うや、魔法で虚空に薄青色の表示板が投影されて――そこに俺の、全てのステータスが表示される。

 それを見つめるや、エレンやラーイール、ゴウライ、そしてルインまでもがその目を丸くして絶句した。


「……ステータス、1? は、何これ、どういう……」


「見ての通りだ。……隠してたんだ、今まで」


 彼女の顔を真っ直ぐに見て、俺は観念してありのまま、事実を告げる。

 ひととおりの告白を聞き終えると――エレンは俺と視線を合わせないまま、すっと立ち上がって踵を返す。


「なあ、エレン……その、すまなかった。俺は」


「何も言わないで。話しかけないで」


 いつもの彼女よりもなお冷たく、取り付く島もない言葉でばっさりと切って捨てると、彼女はそのまま乱暴に扉を開けて部屋を出ていってしまう。


「エレン――」


 起き上がろうとする俺だったが、毒で蝕まれた体力がまだしっかり戻りきっていなかったらしい。枕元のラーイールはあっさりと俺を押しとどめると、困惑を隠しきれない顔で言う。


「……まだ休んでいてください」


「でも……」


「いいから」


有無を言わせずにそう言うと同時、彼女は短い声でぽつりと何かを呟く。

それが【睡魔アスリープ】の呪文であると理解した頃には、【抵抗】1の俺の意識はあっという間に眠りの沼に再び沈んでいて。


 それから俺が次に目を覚ましたのは、翌日の昼。


 仲間たちが泊まっていたはずの部屋は――もぬけの殻に、なっていた。

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