甘いお菓子で溶けるのは

だずん

甘いお菓子で溶けるのは

 今日はぬぬのお友達、ゆいの家に遊びに行く日。


 遊びに行くとは言うけども、実際には唯の作ったお菓子を食べに行くの。だから普通に楽しみ。だって、いつも凝ったの作ってくれるんだもん。




 ぴんぽーん。

 インターフォンを鳴らす。


「はーい」

「ぬぬだよ~」

「おっけ、開けるね」


 ぬぬって名前は気に入ってるから好き。大学生になっても自分のことぬぬって言っちゃうくらい。周りから見たら恥ずかしく見えるかもしれないけど、これはぬぬのアイデンティティなの。もちろん使う場所はわきまえてるけどね。


 ちなみに漢字で書くと温濡ぬぬ。これにはちゃんと意味があって――


 がちゃ。

 扉が開く。

 唯の顔が見える。

 あれ、さっきまで何考えてたっけ? まあいいや~。


「入って入ってー」

「はーい。おー? すっごくいい匂いしてるね!」

「いいでしょー。今日はドーナツ作ってみたんだ」

「おー! 早く食べよ~」

「じゃあこっち来て来て」


 とてとて。

 リビングに向かう。


 今日はドーナツ、ドーナツ♪

 感想たくさんあげないとだね。

 一応そういう約束だし。




 どうしてこの約束したんだっけ。

 確か唯が言うには、


「お菓子は芸術だよ。だって、視覚を満たしてくれる絵とかは芸術って呼ばれて、聴覚を満たす音楽もまた芸術って。それだったら触覚とか嗅覚とか味覚とかだって、それを満たせるものは芸術って言えるよね」


 ということみたいで、確かにそう言われたら芸術かもしれない……。

 さらに続けて言われたことが、


「その中でも私は味覚が大事だと思ってるんだよ。心が動かされるような絵とか音楽があるんだったら、心を動かすお菓子があってもいいんじゃないかなって。だから私はね、そんなお菓子を作ってみたいんだよ。でも私一人でそんなことしたって意味無いよね。だって心を動かす人がいないとだからさ。そういうわけで、ぬぬに味見をお願いしたいんだ」


 こんな夢を持った人は初めてだった。

 誰もが夢を持っても諦めたり、そもそも本気じゃなかったり。

 別にそれでもいいってぬぬは思うんだけど、唯のはなんだか本気に見えちゃって。

 

 だから、ぬぬが唯の助けになれたらいいなって思ったの。

 それで、


「いいよ~。お菓子食べれるの嬉しいもん」


 って、その気持ちを隠してお返事をしたんだった。




 そんなことを考えてたら、いつの間にかドーナツがテーブルに置かれていた。


「今回はね、チョコといちごとハニーの3種類作ってみたんだ。ひとつずつ感想くれると嬉しいな」

「わかった~」


 目の前に置かれているドーナツは某ドーナツチェーン店のものにそっくり。でもこれが唯のやり方。唯の名誉の為に言っておくと、ただのパクリってわけじゃないの。

 唯が言うには、


「チェーン店の作るものっておいしいよね。専門店ですらなかなか敵わない。値段で見て専門店の方がなんでもおいしいって思っちゃうかもだけど、本当はチェーン店の方がおいしいなんてザラにあるんじゃないかな。もちろんそうじゃないこともあるけど。だから、チェーン店のものをまずは真似をしてみて、それを心に響かせるためには足し算をすればいいのか、引き算をすればいいのか、そんなことを考えて作ってるんだ」


 とのこと。

 だからきっとこのドーナツも何か違うところがあって、それでさらにおいしくなってるはず……。それを確かめるのがぬぬの役割なの。


 というわけでまずはチョコのドーナツを食べる。

 もぐもぐ。もぐもぐ。


「うん、まずはおいしい」

「うん」


 緊張した面持ちでぬぬを見る唯。

 そうだよね~、頑張って作ったんだもんね。きっとぬぬの評価が楽しみでもあって、怖くもあるんだよね。ぬぬって見た目によらず正直に言っちゃうもん。だけど、それは本気で唯の夢に向き合いたいから。


「でもこれミ○ドのがおいしいよ? 何入れたのー?」

「えっと、ちょっと砂糖の量を増やしてみたんだけど……」

「なんでも砂糖多くしたらいいわけじゃないって、この前言ったじゃん~」

「ごめん、それはわかってたんだけどやっぱり甘いのがいいかなって思っちゃって……」

「甘くしていいのとダメなのとあるの。いい? だってこんなに甘ったるかったらチョコの風味が台無しじゃん! こんなのじゃ心に響かせるのなんて夢のまた夢だよ!」

「あぁ……うん……」


 唯が落ち込んで下向いちゃった。言い過ぎちゃったかな……。

 もー唯ってばかわいいんだから。しょうがないなぁ。


「あー、ごめんね! ちょっと言い過ぎちゃったかも。ほら、これから頑張っていけばいいんだから。一緒に頑張ろ?」

「うん……」


 今日はいつもより落ち込んでる気がする。

 別に落ち込んでるところを見たいわけじゃないの。


 なでなで。なでなで。


 いつもはこんなことしないから、ちょっと恥ずかしい。

 でも、ぬぬも一緒に悲しい気持ちになっちゃうから、笑顔でいてほしいの。


 抵抗しないで撫でられ続けた唯。

 その顔はちょっと赤らんでいて、唯も恥ずかしそう。でもなんだか元気になった感じもあるからぬぬも満足。

 今日はもうちょっと柔らかく言ってあげたほうがいいかな?


「ぬぬ、ありがと……」

「いいのいいの。次こっち食べるね~。もうあんな感じには言わないから~」

「うん」




 そんな感じで、残りのドーナツも食べて感想を述べていった。


 どっちもミ○ドのと変わらない味だったけど、むしろそれを作れてるのはすごいと思うの。だって商品開発を重ねて重ねてできたあのクオリティを見よう見まねで作っちゃうのって、ただごとじゃないよね?

 だからちゃんと褒めてあげたの。そしたら唯が、「嬉しいけど、それじゃあまだまだこれからってとこだね。頑張るよ」って言ってくれた。向上心すごい。これからも応援してあげなくちゃ。






 その1週間後。

 自信作ができたということで、また唯のお家へ。


 お家に入ってリビングに案内される。

 そこには1つのチョコケーキ。


「えっと、ぬぬのために作ってみた」

「え、ぬぬのために?」


 唯は恥かしそうにしながら頷く。

 どうしてぬぬのために作ってくれたんだろう?

 唯は自分の夢の為に作っていて、ぬぬはその味見役でしかないと思ってたんだけども。


「わかった。食べてみるね」


 ぱくっ。


 わ、なにこれ。おいしすぎる……。

 この前言った甘さが丁度良くなってるし、チョコの風味も限界まで引き出せてる。あーやばー。しあわせ~。なんだか勝手にとろけた笑顔になっちゃう。これこそが心に響かせるお菓子なのかも。


「ど、どう?」

「すっごくおいしいよ! やばい! しあわせ~!」

「ほんと!? 嬉しい……」

「えっと、でもどうしてぬぬのために作ったの?」


 唯はすぐに返事するでもなく、深呼吸を始めた。

 すーはー。


 え、そんなすごいこと言うつもりなの!?

 ちょっと待たされてる間になんだかこっちまで緊張してきちゃう。

 何言われるんだろ……。


「えーと、まず、ひとつわかったことがあるんだ」

「なになに~?」

「心を動かすものって人によって違うんだなって」

「あー、確かに」

「だから、これからは色んな人の好みに合わせたお菓子を作ろうかなって。オーダーメイドみたいな」

「お~! すごいじゃん! すごく良いと思う!」

「それで、えっと、ここからが本題なんだけど」


 え!? 今のが本題じゃないの?

 だって夢の話が決まってきたんだから、それより大事なことなんて……。


「とりあえずもう一口食べて」


 そう言って唯がぬぬのお口にスプーンごとチョコケーキをあーんしてくる。ちょっと驚いたけど、ぱくっ。

 あぁ……しあわせぇ……。


「ぬぬのことが好き。好きでしょうがなくて。一緒にいてほしい。一緒じゃないとヤダ。一緒に夢を追いかけてくれたら、すごく嬉しい……」


 涙目でそう告白されてしまって。ぬぬのお口の中がしあわせいっぱいなまま。


 やばい。こんなにドキドキしちゃうなんて。

 こんな唯となら一緒でもいいかなって思っちゃった。

 唯と一緒ならたくさんしあわせになれそうだなって。


 だからぬぬは笑顔で答えるの。


「いいよ! ぬぬも唯のこと好きになっちゃった……」

「え、え、ほ、ほんと!?」

「うん、ほんとだよ。じゃあ、好きってこと証明したげる」


 そう言ってぬぬは唯のほっぺに近づく。


 ちゅっ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

甘いお菓子で溶けるのは だずん @dazun

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説