第4話 飛行機雲

 こうなってくると、俄然がぜんやる気がいてくる。


 わたしは五センチ上げられたバーを見つめた。

 競技ならもっと小刻みにバーを上げるのだろうけど、時間がないから飛べなければ、その場で終わりでいいんだろう。


 わたしは助走をつけた。

 バーの手前で身体を持ち上げる。


 真っ青な空…さらに高い所で、一筋の飛行機雲が、ゆっくり、ゆっくり…、線を引いている。


(気持ちいいな…)


 そんなはずないのに、背中に羽があるみたい。

 ほら。クローバーの上を舞うモンシロチョウまで見える…。


 でも、すぐ重力にしたがいバフッ…と、身体はマットにうまった。


(飛べた?)


 バーに触れた感覚はない。


 見上げた先に…、バーは何事もなかったように静止していた。


「「わー!!」」


 今日、一番の歓声!


 瀬名先生までが興奮したようにハイタッチで迎えてくれる。


「すごいぞ南条! 今、飛んだ高さ、わかってるか?!」


 そう言われても、指定された高さを飛んだだけでよく分からない。


 でも、気持ちよく飛べたし、みんなも喜んでくれているからよいかなぁ。


 なんたって、三年生にプレッシャーかけれたんだものね。


 さあ、次は…って時には、授業時間をオーバーしていた事に気づいて、バタバタと大急ぎで片付けることになっちゃったんだ。


 おかげで星谷先輩との跳躍勝負ちょうやくしょうぶはお預け。

 少し残念に思っちゃったけど、それはわたしだけじゃなかったみたい。


 昼休みのうちには、学園内にわたしの事がひろがっていたらしい。


 おかげで色々な部活から、お誘いを受けた。

 陸上部、体操部、新体操。ボルダリング部にまで声をかけられた時はさすがに笑っちゃった。


「器用なやつはいいよな! なんでも、それなりにできるから、チヤホヤされてっ」


 ザワついていた昼休みが、その男子の声で静まりかえった。

 短髪で、キツネ目の沖田裕二おきたゆうじくん。

 今朝、わたしに足をかけた子だ。


 なんで、いちいち気にさわる事するの?

 前に会った事あるのかなぁ?

 その時、わたし何かやっちゃった?


 わたしが思い出そうとしているのを、不満があるみたいにとった沖田くんが、バン!と自分の机をたたいた。


「おまえみたいに、いつまでも一つの競技に没頭ぼっとうできないやつは、所詮ジュニア止まりなんだよ!」


 …没頭? ジュニア止まり?


 運動が好きだから夢中になる。

 …それだけじゃダメなの?

 

「…なんで沖田くん、さやかちゃんにそんな事言うの?」 


 黙りこんだわたしを心配して、朋子ちゃんがわたしをかばってくれる。


「沖田くん、水泳推薦すいえいすいせんでこの学園入ったよね」


 沖田くんがさっと目線をそらす。


「わかった。沖田くん、さやかちゃんに勝てないからひがんでるんでしょ?」


「うわ、沖田、サイテー」


 他の子たちも、朋子ちゃんに加勢し始めた。


「ちげーし!!」


 怒った沖田くんが椅子をける。朋子ちゃんを睨みつけた。

 クラスの注目をあびた沖田くんは「チッ」て舌打ちすると、教室から出て行こうとする。


「まって、沖田くん!!」


 わたしは思わず呼び止めてた。


「あ、あのね。えーと、沖田くん水泳やってたんだね。わたしも、泳ぐの好きだよ」


「…それで?」


「えっと、どこかの大会で会ってるのかなぁ。覚えてなくて…ごめんね」


「はあ? おまえのことなんて知らねーし」


「うっ」


(冷たいよぅ! どうしよう!)


 でも、沖田くんはわたしが何か言うの、ちゃんと待ってくれている。


 さっきは教室から出て行こうとしていたのに、なんでだろう…。


「…おれ」


 わたしがなかなかしゃべらないからか、沖田くんが何か言おうとした時、


「南条さやかちゃん、いますかー」


 とろけそうな笑顔をした星谷先輩が、教室のドアに立っていた。

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