第3話 慰める妹

「あ。フラレたおにいちゃんだ」


 リビングから聞こえてきた妹、紗佳さやかの言葉に、思わず体がビクッと反応してしまった。


 まさかまた盗み聞きしてたんじゃないか?


 俺はリビングの扉の前でニヤニヤしてる紗佳を押し退け、ソファに腰を下ろし。

 隣に腰を下ろした紗佳の方を向き、深呼吸して。


「フラレてないから」


「でもあのお姉さん、ガチ恋? してるんでしょ? 恋してるんだから、おにいちゃんはフラレたの」


 なんでそんな嬉しそうなんだ。


「ま、まだ片思いしてる段階だし……。というか配信者にガチ恋してるだけだし……」


「かわいそうなおにいちゃん」


「まだチャンスあるし!」


 俺は事実を言ってるだけなのに。

 なんで紗佳から向けられる目は、こうもかわいそうなものなんだ。

 

「でも、おにちゃん安心して」


 紗佳は俺の膝の上に両手を乗せ、キスのワンシーンのように顔を近づけ。

 鼻の先端を人差し指で突いてきた。

 

「おにいちゃんにはかわいい妹がいるんだからっ!」


 ……なにを自信満々に言ってるんだ。

 残念ながら俺にはそういう特殊なアレはない。

 紗佳が可愛いということは誰の目から見ても間違いないことだが、それで安心できないのが現実。


「同じ女性の紗佳に聞きたいんだけど、片思い中って他の男なんて眼中にない?」


「ないない。おにいちゃんが鈍感なのは、片思いしてるからって言うわけじゃないけど」


「鈍感じゃないし」


「じゃあ千里ちさとお姉ちゃんが思ってることわかる?」


「なんでそこで千里が出てくるんだよ……」


 天音あまね千里ちさと

 彼女は小学、中学、高校とずっと同じ場所に通う、唯一気兼ねなく喋れる異性で、幼馴染だ。

 

「千里お姉ちゃんかわいそぉーかわいそぉー」

  

 だからなんで千里?


 千里と俺との間ではお互いに恋愛なんて言う感情はない。逆に恋人ができない同士として、仲間意識が芽生えてるくらいだ。


 紗佳は中学生だし、男と女の関係を見るとすぐ恋愛に結びつかせたくなる年頃なんだろう。


 男女の友情ほど美しいものはない。


「そんなことより、女性がされたら喜ぶこと教えてくれよ」


「えぇー。そういうのおにちゃんの方が詳しいでしょ? だっていつもネットで『女性の喜ばせ方』つて調べてるじゃん」


「お、おい! いつ履歴みたんだ!?」


「ふふふ……。スマホを不用心に置いてたのが悪い」


 ちょっと言ってる意味よくわからないけど。

 

 そんなことより、変えたはずのパスワードを難なくクリアしてるのが怖い。


「プライバシーの侵害って言葉、この前教えた気がするんだけど……」


「安心して。ウェブの履歴しか見てないよ」


 全然安心できないんだけど。


「はぁ」


 片思いしてた奈々瀬さんにはガチ恋する配信者ができちゃうし。

 妹には履歴が見られたし。

 楽しく配信できたこと以外、散々な一日だな。

 嫌なことは忘れてゲームでもしよ……。


「ちょっと聞きたいことあるんだけど」


 自分の部屋に戻ろうと階段の前まで来たとき、後ろから服を引っ張られ引き止められた。

 

 手に持っているのはスマホ。

 そしてその画面の映っているのは。


「おにいちゃんが配信してるのって、この配信サイトで間違ってないよね?」


「な、なーんのこーと言ってるのかさーっぱり」


 な、な、な、なんで俺が配信してること知ってるんだ!?


「嘘つかないでよね。私、いつもスマホ見てるからわかってるんだから」


 頬をぷくぅ〜と膨らませ、唇を尖らせている。


 そうか。俺のスマホ、紗佳には筒抜けだったんだ。


「そのサイトで合ってるけど……。配信者名だけは絶対に言わないから」


「うん。いいよ。おにいちゃんのこと、見つけるから」


 階段が少し暗いということもあって。

 そんなストーカーみたいなこと言われると、全身から鳥肌が止まらない。


「じゃ、じゃあ俺はゲームするから……」


「見つけるよぉ〜」


 怖っ。俺の妹怖っ。

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