第6話

 軒先に、杉玉。どう見ても、酒屋である。

 六木むつき君を訪ねるのに、手土産でも買うつもりだろうか。しかし、何故、酒という疑問は残る。家を出る前から、落ち着かない私。そんな夫を見ては、面白がる妻。

「ああ、今頃になってあなたの心情が理解できました」

 初めて会ったその日から、私は、妻をからかってきたのだ。それも、一種の愛情表現ではある。ただし、当時の妻がそうと受け取っていたのかは、甚だ疑問ではあった。しかしながら、私は目の前にいる少女から好かれていることだけは確信が持てたので、それで良しとしていたのだ。

「あなたと同じ美陰学苑みかげがくえんの出身だと聞いたので、もしや、親しくしていた方かもしれないとは思っていたのです」

「それでは、正真正銘、六木君で間違いないだろうね」

 何やら、子供の声がする。見ると、我が娘とその友人である。

「あれ、やっぱり、お父さまとお母さまでしたか」

 不思議そうな顔をして見上げてくる。お酒を買いにいらしたの。いいえ。お父さまのお友達に会いに来たのよ。妻が膝を折ると、娘が抱きつく。頭をなでてやる。その隙に、娘の友人が姿を消していた。

国見くにみ、国見!」

 成人男性の、嬉しげな声。若旦那らしく、和装の美青年がひとり。六木君に、相違ない。あの、小さかった子が。立派になって。俯いて涙を流していると、六木君が背中に手を回して、よしよししてくれた。

「お父さま?」

 困惑する娘は、友人に手を引かれていった。

 改めて、座敷に通される。お茶を飲んでいると、六木君が大事そうに何かを抱えてくる。目の前に置かれた酒瓶を見て、正直、私は反応に窮した。その名も、「國見くにみ」。

 六木君は、得意になって説明してみせた。と言っても、六木君はほとんど単語しか話せない。なので、ところどころは奥方が補足した。

 要約すると、国見とはこの世で一等美味い食べ物をくれる人のことだ。だから、六木君は、自分の思い描く美味い酒を造った。そうして、私と同じ名前をつけたのだという。やはり、対処に困る。

 女性陣二人は、おそらく、私が六木君に口うつしで食事させていたことを知らないのだろう。だから、何をそんなに赤面しているのかと、訝っているのだ。私は、話の矛先を強引に変えた。

「六木君は、酒屋に貰われたのだね」

「はい」

 六木君の奥方が、話を引き取る。

 六木さんは、これでなかなか舌が肥えていますからね。そうして、我が家では時たまわらしのような方を婿にすると、家が栄えるとされているのです。確か、仙台にも商売で似たような実在の人物がありましたね。あのようなものなのです。酒造りの神様は女性ですから、幼子のような男性にはメロメロなのですよ。

「まあ、それはそれとして、どうやって六木君を選んだのです。在学中なら、酒を飲ませる訳にもいかないでしょう」

「はい。学校で、試験をしてもらいました」

 ただの水に、ほんの少しの塩、あるいは砂糖を入れた水を用意する。それぞれ飲ませて、どれがどれか当てさせる。

「もちろん、六木さんは百発百中でした。確かな舌に、美貌、そして何より子供のような愛らしさ。父は一目見て、六木さんを私の婿にと定めました」

 私は、顔をしかめる。ちらと、六木君に目を遣る。

「でも、六木君は、昔のが原因で、本当に子供のようでしょう。あなたは、嫌ではなかったのですか」

 奥方は唇を噛み、首を傾げてみせる。

「何故ですか。六木さんは、素敵なお兄さんでした。この人を育て上げた親のような人にそのようなことは言われたくありません」

 言いながら、涙を流していた。私は、素直に詫びた。

「申し訳ない」

 頭を下げる。

「いえね。親の欲目と言っては何でしょうが、六木君は確かに我々の子供だった。初めて見たとき、六木君は寝たきりで飯を食うこともしなかった。私も、実際、人の親になったからこそよく理解できるのです。やはり、手のかかる子こそ可愛い。でも、この家の人間は違うでしょう。何も知らない人間に、六木君には美しさしかないなどと、誤解はされたくなかった」

 ふと涙をハンケチで拭った奥方は、座布団の横に座り直した。

「六木さんのお父さま。どうかこの美しい子供を、私に下さい。あなた方への恩義は決して忘れません。私が、この人を幸せにしてみせます。だから、六木さんとの結婚を許してほしいのです」

 深く、頭を下げる。

 決して、ふざけている訳ではない。目を見て、本気なのだと思った。固まる私に、妻が手で触れる。妻を見て、頷く。

「解った。結婚を認めよう」

 六木君が、お嫁に行ってしまった。父親というのは、本当につまらない生き物だ。六木君は泣きじゃくる私に、しきりに手酌してくるので余計に泣けて困った。

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