第5話
「春過ぎて 夏来たるらし 白妙の 衣干したり
「君は可愛い子だね」
寮の食堂。古い浴衣を解く少年。あまりに可愛らしいものだから、後ろから抱きついた。
「えっと…」
「うん。やはり、白妙の君には、夏服がよく似合う」
はにかんだ表情。
「おかげで、皆から、白妙、白妙とよくからかわれます」
言わずもがな、持統天皇が詠んだ歌が名前の由来である。
隣の席に着き、ぞうきんを縫う。白妙の君の正面に座る橋本が、私をねめつける。
「白妙は、俺の稚児だ」
「何を言う。天の香具山と言えば、帝が国見をする山だ。『大和には
麦茶を持ってきた
「こういうのもありますね。『香具山は
橋本は、赤面した。
「それ、橋本が畝傍で、私が耳梨かなあ?」
「まあ、先輩方は、もはや夫婦ようなものですからね」
机に顔を伏した橋本が、こぶしを打ちつけ抗議する。
「第一、お前には、
私は、左手の指を揃えて眼前に掲げる。「おおー」と下級生から声が上がる。一般的に婚約指輪とは、男性から女性に贈るものだが、
「あのねえ、私の結婚は、大学卒業後だよ。健康な男児に、それは大層辛いことだとは、思われないかね」
「知らん」
と言いつつ、もちろん、橋本がまだ手を出していないことは、百も承知なのである。
「ねえ、白妙の君。君にも、浴衣を縫ってあげようか。おちびさんたちの残りの生地があるから」
来たる夏に向けて、ちびっこの浴衣を猛烈な勢いで縫い上げた。そして、今に至る。
「ええと、先輩方の分は…」
「ああ、私のは、婚約者が縫ってくれた。ついでに、橋本のも。私が良い生地のを着ているのに、橋本が安物を着ていたらみすぼらしいと案じてくれたのだろうね」
「言い方」
橋本は、顔を上げて私を指差す。私は、白妙の君を見る。
「はい。お願いします」
にこにこ顔の白妙の君。
「で、交換条件と言ってはなんだが」
私は、人差し指を立てる。白妙の君の顔が、ひきつる。
「はい?」
首を傾げる。
「将来、
当然、困惑している。
「ノブレス・オブリージュですよ。白妙の君」
若菜君は座り、「稚児宣言」の意図を説明した。あれは、第一に、性的関係を結ぶことが目的ではない。弱者を守るための方便なのだと。だから、必ずしも性交はしなくてもいいこと。
「それは、理解できました。はい、六木君は知っています。綺麗な子供ですよね。あの、でも、六木君はこう…」
では、一体、何を問題としているのだろう。上級生は、視線を送り合う。やがて、橋本は言った。
「解った。六木君が、中学生になったら、食堂で干し鱈を咥えて待っていろ。向こうから勝手に来るだろうから」
「ああー」
私たちは、声を重ねたのだった。
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