EP2.この思いに名前をつけるなら

 入学式も無事に終わり、クラス分けされた教室へ向かう際、聞き覚えのある声に呼び止められた。

「笑華ちゃーん。」

 振り向くとそこには、入寮前に私がぶつかった桜葉の姿があった。

「・・・桜葉くん。」

「いやー、後ろ姿を見つけて急いで来ちゃった。笑華ちゃん歩くの速いね。」

「そうかな・・・。」

「そうだよ。あっ、そういえばクラス一緒だったよ。なんだか運命みたいだね。」

「・・・・・。」

 にこやかな表情ですらすらととんでもないことを言っているのではないか、と笑華は思いつつ、あまり深く考えないように速足で教室まで歩いた。

 桜葉と共に教室へ入り、自分の席へたどり着くと同時に、前列の席の子が私の方を振り向いた。

「はじめまして。私は瀬川瑠璃せがわるり。よろしくね。」

 才色兼備とはまさに彼女のことを表しているのではないだろうか、と思うくらい眩しい笑顔だった。

「私は平良笑華。よろしくね。」

「うん。せっかくだから、笑華って呼んでもいい?私のことは瑠璃って呼んで。」

「わかった。瑠璃、改めてよろしくね。」

 こうして友人とも巡り合い、華々しく笑華の学園生活は幕を開けたのだった。

 入学後数日が経過し、部活動が本格的に始まるときが来た。笑華はこの日を誰よりも待ち望んでいた。授業終わりの鐘が鳴ると同時に笑華は急ぎ足で教室を出た。更衣室で急いで着替えを終えグランドに直行。新入部員として自己紹介の後、先輩たちの前に整列をした。入学前より入部を考えていた陸上部。笑華を含め、新入部員は10名。同級生の中には桜葉の姿もあった。先輩の人数も含めると35名の部活。その先輩の中には会いたくなかった如月の姿もあった。ほんの一瞬、如月と視線が合うも、すぐに視線を逸らされた。彼は笑華のことなど覚えていないような様子だった。

「2・3年生は知っていると思うが、今一度伝えておく。この学園で部活を真剣に行うためには条件がある。よし、如月、言ってみろ。」

「はぁ・・・。なんで俺が・・・・・・・・成績の安定。」

「覇気がないぞ!!まぁ今に始まったことではないがな・・・よしとしよう!!その通り。成績が伴わない奴はこの部活には不要だ。名門戸塚にとっては文武両道が当たり前だからな。お前たち、心して過ごせ。」

 顧問である武井は熱血教師とも言える存在感があった。だが、そんな一面とは裏腹に温厚な面もあるとはこの時点では思えなかった。

 陸上部に入部したことにより、笑華の学園生活は大きく変わった。朝早くから始まり、下校時間ギリギリまで練習は続いた。授業の予習・復習時間も含めると、1日は24時間では足りないくらいだった。部活が終わり桜葉と寮へ戻る途中、彼が話しかけてきた。

「部屋に帰ったら課題かぁ。身体くたくただよ・・・。笑華ちゃんもこれから課題だよね・・・。」

「私、部活前には課題終わらせたよ。」

「・・・えっ?終わってるの?」

「うん。なるべく休み時間内に終わるようにしてるよ。」

「マジかぁ・・・。俺も見習わないと・・・って言ってもなぁ、笑華ちゃんみたいに要領よくないしなぁ。あっ、そうだ!!一緒にしようよ。」

 しばらく考えた後、笑華は答えた。

「・・・教えることで私も身につくからなぁ・・・いいよ。そうしよ。」

「やったぁ。ありがとう笑華ちゃん♪」

「桜葉くん大袈裟だよ。じゃあまた明日ね。おやすみ。」

「うん。おやすみー。」

 桜葉と別れた後、自室に戻りしばらくの間は授業の復習をするのが笑華の日課となっていた。ふと外の空気を吸いたくなった笑華は窓を開けた。すると対面する部屋の窓も開いており、そこから涼むように如月が顔を出していた。

〈いきなり窓を閉めると不自然だし、きっと失礼だよね・・・・・かと言ってこんばんわ、って挨拶?それとも部活終わりだし、お疲れ様でした?〉

 表情には出さす、笑華が心の声と格闘していると、如月が話しかけてきた。

「いつもあいつとあんな感じなのか?」

「へっ!?」

「・・・いや・・・だからその・・・桜葉と・・・」

「あっ、桜葉くんですか。いつも明るくて笑顔も素敵ですよね。走るのも速いし、何でもできちゃう感じですよね。」

「俺が聞いてるのはそんなことじゃない!!あいつのことなんかどうでもいい。桜葉と仲良いのか聞いてんだ。」

「・・・仲良くしてもらってますよ。何かと声をかけてくれるし、この学園に来て不安だった私に初めて声をかけてくれたのが桜葉くんです。」

 頬を赤らめ、表情が緩んでいたことに気付くまでほんの数秒、笑華は自分が発言した内容に恥ずかしさを感じた。

「まだすることがあるので、失礼します。おやすみなさい!!」

 言い終わる前に窓とカーテンを閉め、膝を抱え込むように笑華はその場に座り込んだ。


「・・・なんだよ。あんな顔できるなんて反則だろ・・・。くそっ。」

 俺は、最後に見せた平良笑華の表情がしばらくの間頭から離れなかった。

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