第4話 古本求めて裏道探索
ミリオンは、屋敷の主人のお使いを頼まれた使用人の振りをしながら、街へ向かった。
そっと便乗した通りすがりの荷馬車が真っすぐ街へ向かったのも、記憶を頼りに雑貨屋や書店が軒を並べる一角をすんなり見付けることが出来たのも、なにかに後押しされているかのような僥倖の連続だった。
本を限られたお金で手に入れるには、古本が良いかもしれない。
――そう考えたものの、曲がりなりにも貴族で、それなりの店舗を訪れたことしかなかったミリオンには、古書店がどこに在るのか見当もつかなかった。
「けど、下手に誰かに声を掛けるのもまずいわよね」
ぶつぶつ呟きながら、通りを歩いて行く使用人を伴った貴族の買い物姿をちらりと見遣る。貴族に顔は合わせたくないのだ。
と言うのも、貴族たちは「茶会」「夜会」「舞踏会」などで交流を図っている。不思議なことにオレリアン伯爵家の長女だったはずのミリオンが、それらに参加することは許されなかった。唯一参加できた貴族との交流と言えば、14歳になってすぐ、まだ母親が生きていて一緒に参加したセラヒムとの婚約式だったか……。
けれど、その疑問は初めて屋敷へやって来た義姉を見た瞬間、理解出来てしまった。見るからに「天使」の資質の濃いビアンカの姿。そして彼女の方が自分よりも2つ年上だという事実――そこから導かれる結論は簡単だ。父であるオレリアン伯爵は、彼女こそを家門を代表する者として表舞台に立たせたいのだと。
だからミリオンは、貴族の義務である社交の場に積極的に出たいと主張したり、行動することは控えた。後になって振り返れば、それがビアンカの言った「伯爵家に在りながら家同士のつながりである婚約を蔑ろにし、セラヒム様のお顔に泥を塗るような真似ばかりする」と云うことになっていたのかもしれない。
そう云った事情から、ミリオンの顔は貴族たちにはあまり知られてはいないとは思う。思いはするが、学園にも通っていたのだから子供たちとは面識があるのだ。全く知られていないわけではないから、万が一がある。
なので、下手に周囲の人間に声を掛けたのでは、万全の対策で抜け出した家に連絡されてしまうかもしれない。だからこそ自力で店を見つけ出したかった。
(古書店ってこう、お話の中では薄暗くて細い路地裏にひっそりと建っていたりするものよね?)
本、本! と、目当ての物を強く念じながら、チョロチョロと裏路地を小走りで進み続けると、直ぐに足を止める事になった。
「お嬢ちゃん? お母さんのお使いかい?」
行く手を、ニヤニヤと笑う男たちに遮られてしまった。急ぐ気持ちが押さえきれずに、ミリオンが前に立った男を強く睨み付ける。すると男は軽く目を見開いて、更に距離を詰めて来た。
「ほう? こりゃあなかなかの別嬪さんじゃねぇか」
「いい掘り出しもんが見付かってラッキーだったな。天使さんに感謝しねぇと」
そこで、ようやくミリオンは、自分の失敗を悟った。路地裏と言えば
(捕まったら本を手に入れられなくなる!! 本―――!!!)
最後の足掻きとばかりに、正面の男に必死の突撃を行ったミリオンだったが、あえなく後ろ襟を持ち上げられて猫の子のように宙に浮くことになった。
「離してよっ! 本を買わなきゃいけないんだからっ!」
ジタバタするミリオンを面白そうに男達が覗き込む。
「怯えて泣き叫ぶかと思えば、本だって?」
「お嬢ちゃん、大人しくしてりゃあ本なんてた~んまり手に入るぜ」
「本当に!?」
宙吊りのまま喜色を浮かべたミリオンに、下卑た笑みが返ってくる。
「そうそう、お嬢ちゃんくらいの器量良しならいくらでも客が付いて―――」
ドスッ
鈍い音が響いて、白眼を剥いた破落戸達が倒れて行く。勿論、持ち上げられていたミリオンも、一蓮托生で地面に打ち付けられるだろう。来るべき衝撃を覚悟してキュッと目を瞑るけれど、いくら待っても痛みはやってこない。
恐る恐る目を開けると、鮮やかな色彩と美しい面立ちの少年が目に入ってきた。
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