第5話 美しい緑の少年と、お姫様だっこ
来たるべき衝撃は襲ってこなかった。
「お勉強熱心なのは感心なんだけど、一人でこんな路地裏に入るのは感心しないなぁ。君、親に捨てられたの?」
かわりに衝撃的な言葉が頭の上から降って来た。
「まだっ……いえ、捨てられてなんてないわ!!」
「へぇ、まだ・ね?」
カッとなって言い返したミリオンを、クスクス笑いながら覗き込むのは、若木の輝く
(きれい! さっきの星もきれいだったけど、それが消えてもとってもきれい! こんなきれいな瞳、はじめて見たわ!!)
感動の余韻に浸りつつ、間近に輝くエメラルドの瞳に魅入っていると、少年が微かに頬を染めて照れくさそうに唇を尖らせて視線を逸らす。
「あの・さ? そんな真っすぐに見詰められると困るんだけど。助けたお返しに何を貰おうかと思ってたのに言い辛くなるじゃん」
「へ?」
(助けた、お返し? 助けた……って、あぁぁぁぁあ!)
心の中で叫んだミリオンはようやく自分の置かれた状況に気付いた。少年の足元には、さっきまで軽々とミリオンを持ち上げていた男を含めた破落戸3人が白目を剥いて転がっている。少年がどう倒したのかは不明だが、もしかするとさっきの瞳から溢れた光が関係しているのかもしれない。けれど、今はそんなことどうでもよかった。
(わたしお姫様だっこされてる――!! 初対面の男の子に! けどとっても素敵な男の子なんだけど!? きゃーって言わなきゃ駄目? けど全っ然、嫌じゃないんだけど――――!!! むしろこのまんまが良いなんて……きゃ――!)
「え? どうしたの? なんだか思ったのと反応が違うんだけど……」
少年の腕の中で真っ赤になりながら、更にしがみ付いたミリオンに少年が困惑の声を上げる。
「はっ……ご、ごめんなさい! つい自分が御伽噺のお姫様になったような錯覚に陥っていましたわ。助けていただいた上にご面倒にお付き合いいただいて、大変申し訳なく……」
「ん? ううん。落ち着いてくれたなら良かった。僕も見ての通り
父親に愛される為、なりたくて仕方のなかった「使徒」の名が突然現れ、ミリオンはキョトンと目を瞬かせた。
「翠天?」
「んあ、あれ?気付いてなかったんだ。気にしないで」
少年はそう言うと、ニカッとわざとらしい程大きな愛想笑いを浮かべて口を噤む。「翠天」と言えば、緑の羽根を持つ悪戯好きな使徒の事を指す。緑の髪や瞳の美しい少年が、その使徒の影響を受けているとしても、この世界では何ら不思議な事ではなかった。ただ、そういった人間は限られた古い貴族家から多く輩出される傾向にはある。貴族の令息が一人で路地をうろついているなど、自分と同じく相当なワケアリなのだろう。そう理解したミリオンはそれ以上少年のことを追求しなかった。
婚約式以来一度も会っていないとはいえ、婚約者の居る身で何をやってるんだろう。わたしの馬鹿馬鹿馬鹿っ! セラヒム様ごめんなさいっ!! と、心の中で朧げな婚約者の面影に誤っているうちに、壊れ物を扱うようにそっと地面に下ろされてしまった。
思わず遠ざかるぬくもりに手を伸ばしかけたミリオンが、自分の動きに気付いてさらに真っ赤になる。それにつられたように頬を染めた少年がグッと唇に力を入れて引き結び、ミリオンと同じく手を伸ばしかけたかと思えば、自分の動きにギクリと肩を跳ねさせてさっと手を引く。
(なにかしらっ、このじれったい感じ。何か抜けてるような、忘れてるような、歯痒い感じってなになのっ!? 忘れて……そうだったわ!)
どことなく気まずそうな少年を、お返しがまだだと言い辛いがための反応だと判断したミリオンは、慌てて掌に握りこんでいた全財産――すっかり温まった銅貨を全て差し出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます