告白
「浦部先生……わたくしが、先生を好きだと言ったなら、先生はどうなさいますか」
その日の壱加は訪ねてくるなり征一にそのように告げた。
「どうしたんです、藪から棒に」
征一はいつもの癖で笑顔で誤魔化そうとしたが、少女の顔つきは真剣そのものだった。
「……僕はどのようにもできません」
「わたくしのことがお嫌いですか? 」
「いいえ……ただ…僕は女性とはお付き合いができないのです」
壱加はしばらく無言になった。
「……ならば、わたくしが男だったなら、どうなさっていましたか」
「どうって……」
征一は言い淀んだ。壱加はここでハッとした。朔之助、彼はきっと、……彼がきっと征一の愛を一身に受けている人間なのだ。気がついてしまうと一気に自分が恥ずかしくなってしまった。
「僕は、自分の敵になり得ない人しか安心して愛せないのです。貴女のお気持ちに添えず申し訳ありません」
「謝らないでくださいな、今のはただの戯言でしてよ」
壱加は笑って誤魔化した。
その晩、寝入り端に征一は朔之助に話しかけた。
「……僕はお朔が男だから好きになったんじゃない、お朔だから好きになったんだ」
「どうした、なにか言われたのか」
並べた布団の近さで囁くように言葉を交わす。掛け布団の下から征一は朔之助の手を握った。
「壱加さんに好きだと言われた」
「お前はどう返した」
「僕にはなにもできない、と。それで考えたんだ、僕にはお朔しかいないけれど、なにがそうさせたんだっけか」
朔之助は黙って手を握り返した。
「お朔みたいな、他人のために泣ける人間はそうそういない。そういうところに惹かれてたんだ」
「……やめろ、小っ恥ずかしくなってきた」
「お朔は僕が男性しか愛せないと知っても決して揶揄しなかった。むしろ同情的だった。そんなことは初めてだったのだから…」
おもむろに起き上がると、朔之助は征一に深いくちづけをした。四畳半の寝室に響くのは、二人のくちづけの音と衣擦れ、そして外から聞こえる雨音だけだった。
翌朝、壱加はあからさまに落ち込んでいた。庭の金木犀は昨夜の雨で流れるように散ってしまったが、秋の涼しい風にかすかに金木犀の香りが溶け込んでいる。空は青く透き通るように晴れ、傷心の胸に沁みるようだった。
告白が失敗に終わったことが悲しいのか、征一が男色家だったのが衝撃的だったのか、縁談を素直に受けなければならないことが嫌なのか。それとも、朔之助が征一の愛を一身に受けていることが悔しくて仕方ないのか。壱加はなにがなにやらわからなくなっていた。
思い出す顔は、出会った頃の梓の赤面した可愛らしい顔。壱加にはやはり梓しか、いないのかもしれない。
「梓さん、お話したいことがあるからお昼に音楽室にいらして。壱加」
短い手紙をしたためると学校の準備を始めた。鏡を見ると目の周りが赤かった。泣き腫らしたのだ。なにがそこまで泣かせたのか今となってはよくわからない。
梓は手紙のとおりお昼に音楽室に来た。壱加はしばらく話す気になれず、ピアノを弾いていた。弾き間違えることもなく、梓はそれに従って歌った。
「お姉さま、お話って? 」
何周か歌ってからやっと本題に入った。
「……昨日、打ち明けたわ。わたくしの心を」
「……あぁ、お姉さま…………」
梓は壱加の表情からすべてを察した。
「そんなお顔をなさらないで。梓も苦しくなってしまいますわ」
梓の指が、壱加の頬を撫でた。また涙が溢れていたらしい。
「浦部先生は、……女の人を愛せないのですって」
「それなら、同居されているとかいう男の人は……」
「そうでしょうね。わたくしったら、そんなことにも嫉妬してしまっているの。狭量すぎて自分が嫌になるわ」
梓は、自分のどこからこの感情が来るかわからないが、なぜか喜んでいる自分がいることに気がついた。これでお姉さまは、わたしをずっと見てくれるとでも……?
『お姉さま、わたしも、女性しか愛せないのですと言ったなら、お姉さまは戸惑われるかしら』
こんなことを言ったらきっと壱加には迷惑だろう。壱加の幸せは、素敵な殿方とご婚礼を挙げ、美しい家庭を持つことだろう。良妻賢母たれ、という教えにも背くことになる。けれど、
「ならばせめて、学校にいる間は、梓のことだけを見ていてください……梓は、本当に……」
梓は本当に心から壱加を愛している。伝わっても伝わらなくてもどちらでも構わないと思っていたが、いまは自分の気持ちすべてが壱加に伝わってほしい。どれだけ愛しているのかを。
今度は壱加の指が梓の頬を撫でた。涙が出ていた。
「お姉さまの側には、きっと梓がずっと居ります。だから、先生の代わりにわたしを愛していて。お願いします……」
身勝手な気持ちの暴走が恋で、相手の幸せを心から想うのが愛だと、何かの本で読んだような気がする。ならばこれは、恋だ。本当の恋だ。エスは恋愛ごっこなどでは決してなかった。少なくとも梓の中では。
「梓さん……」
ぽろぽろと涙しながら言う梓を、壱加は抱き締めてやり、髪の毛にくちづけを落とすことしかできなかった。
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