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教科書の入ったバッグを置いて、これからどうしようって思った。結花に休むって言ったのは思いつき。だから家にいたっていいんだけれど、気分を変えるためにどこかに出かけようと考え始めた。
理由は……一人になったんだからどこかに行って、本当に独りになるのも良いかなって。きっかけは悠二だけれど、結花と話したこともあると思う。なんとなくにしていた気持ちにも気がついた。決断は、その選択肢を選ぶときじゃなくて、何も考えてないときこそ選べるってことなのかもしれない。
いつものバックよりもっと大きいリュックを取り出して中身を入れ替える。一応簡単な着替えも入れることにする。あとは下着とか。この前来たばっかりだから大丈夫だとは思うけど、生理用品も一応。
服を入れちゃうと、やっぱりそれなりの荷物になる。でも減らせないからね、人生と一緒。髪を適当に結んで、さっき脱いだ靴をもう一度履いて、あまり使っていないキャップを逃走者みたいに後ろ向きにしてかぶる。
鍵を取り出して部屋の鍵を閉めてから、二度、きちんと鍵がかかっていることを確認して歩き出す。ここは三階だから、エレベーターで降りてもいいんだけれど、私は基本的に階段が好きだから一歩ずつ降りていく。最後の一段を踏み込んだ時、根拠も何もなく、新しい私になっている気がした。
そして(本当に不思議なのだけど)、悠二には別れるとは言っていないのに、結花には彼氏と別れたって言ってしまったことに気が付いた。なんだ、結花には本当のことを話せたじゃない。
悠二ことは好きだけれど、彼はきっと今頃、他の女の子とセックスしていると思う。どうしてそう思うかっていうと、私とはここ数ヶ月していない。個人的に、そんなにセックスが好きというわけではなくて、彼に必要とされていると感じるからってのが大きかったんだ。
どうしてこんなことを今考えているのかな。階段を下りる途中で、私の中で何かが変わってしまったんだろうな。もしくは結花と話したときか、それよりも前か。人生には時々、そういうことがあるって教科書か何かで読んだのだけれど、そんなことは、私には無縁だと思っていた。
そういうのは本当にあるんだな。人生にも、教科書があればいいのに。ううん、人生に必要なのは許可書、かもしれない。リュックからスマートフォンを取り出すと、結花からメッセージが届いていた。添付の写真を見ると、そこには悠二と後輩の女の子が写っていた。
撮影は昨日、結花は私にこれを送るかどうか、一日待ってくれたんだね。ありがとう、結花。その写真を見ても、やっぱりね、って感情しか出てこない。
悠二に写真を転送して、『さようなら、元気でね。もう二度と会わない』とメッセージを入れたら、すぐに返信があったけれど、読む気もしなかったのでそのままにしておいた。
こういうことって、世間にはよくあること。娯楽という名の暇つぶし(インターネットやSNS)では、しょっちゅうそういう話が漫画になって流れてくる。皆、本当にそんなこと知りたいのかな? 他人の人生に興味があるのかな?
私と悠二は二年間付き合って、さっきまでは普通に会話をしていたのだけれど、今はもう、彼とは他人になってしまった。友達でさえなく、知り合いでもない。私の中では、彼はもう死んでしまった人と同じ。
そういえば、私が中学生の時に、同じクラスだった人が死んでしまったことがある。彼は自殺してしまったのだけれど、私は結構、彼のことが好きだった。名前はなんて言ったっけな。実家に帰れば、きっと卒業アルバムがあるから、名前を調べることはできるのかもしれない。
でも、それをしてなんになるのだろうか? 自分がそれを思い出して良い気分になるだけ? そんなのって結局、意味がないよね。娯楽や暇つぶしと一緒。
ビルの間から風がビュウウって吹いてきて、そういえばマフラーを忘れたことに気がついた。そうだ、あれは悠二からいつの日にか誕生日プレゼントに貰ったものだった。
物に罪はないと思うけれど、あれは捨ててしまうかもしれない。でも……どうかな。少し歩くと駅に着く。
改札でスイカに一万円チャージした。平日でも、駅は人で溢れていた。皆生きているんだな。念のためスケジュールを確認すると、次のバイトは明後日夕方。それなりに人の多いところだから、もし休んだとしても明日連絡すれば問題はないはず。
休むようなことになるかな? それはどうだろう。今日の私次第じゃないかな。券売機の上にある駅の一覧を眺める。
ここは東京都中野区にある中野駅。電車に乗ったらどこまでいけるのだろう? ここから西に、大月駅まで千三百円と少し。
あるいは東の千葉駅まで行って九百円と少し。私は埼玉県春日部市の出身だから、どちらも行ったことがない……はず。あったとしても、記憶には残っていないくらい印象がなかったってことなんだろう。
一覧を眺めながら少しの間考えて、海に行こうと思った。だって埼玉には山はあるけれど海はないから。普段はここから電車に乗って、途中で山手線に乗り換えてから大学へ行く。
そこで授業を受けるわけだけれど、授業中とかにふと、自分は何をしたいのかって思うことが多くなった。自分のしたいこと……。
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