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いつも使っているナイロンのトートバッグ、そういえばこれって高校の時から使っている。買った頃はもっと幼い人間だったな。ところどころ生地が擦れて薄くなっている。
そろそろ新しいものに買い替えても良いかもしれないと思っているけれど、買う機会を読めずにずっと使っている。中に入っていた昨日使った教科書とノート、パソコンを出して、今日使うものに入れ替えようとしたけれど気が変わった。
財布と携帯電話、あとモバイルバッテリーとか充電器とか必要だと思うものを詰め込む。机を漁ったらどうしてそんなものを持っていたのか覚えていなかったけれど、ビックのライターを見つけたからそれも入れた。
もしかしたら、サバイバルなこともするかもしれないし。部屋の戸締りをしてコートを羽織る。考えてみればこれだって高校二年の時に買って、毎年冬に入る前にクローゼットから出している。
私は物持ちが良いんじゃなくて、こうやって使い続けて自分に馴染んだものが好きなんだと思う。中一とか高一になって新しい環境に変わるとき、新しい制服や体操服、ジャージや革靴を使い始めるときっていつも慣れるまでずっと違和感があった。
そういうのもやっぱり私が培ってきたものなんだろうな。一度玄関に行って靴を履こうと思ったけれど戻ってもう一度戸締りを確認してからスニーカーを履いていると、誰かに大学のことを言っておいた方がいいと思い始めて、バッグから携帯電話を取り出した。
スマートフォンでもスマホでも呼び方なんて何でも良いけど……。プルルルル……と何度かコールした後、電話がつながる。彼女はいつも絶対に直ぐには出ない。
見ているとスマートフォンは近くに置いてあるのに、彼女曰く『電話の存在になれるのにそのくらいの時間が必要』とのことだ。変わっているけれど、そんな彼女が私は好き。
「もしもぉ~し、結花だよ。……おはよう怜」
「おはよう、結花。今日も元気そうね」
彼女は携帯電話に限らず結構変わっている。普通の人は電話で普通そんなこと言わない。彼女は、電話をかけているのが私ってわかっているからこそ、そういう対応なのかもしれないけれど。
「元気だけど、最悪。だからいつも通りってことかもしれないね。私もう学校ついているよ。怜ちゃん、今日授業は? どこにも見当たらない……ん? 今日ちょっと変だね、そんな気がするよ? どう? 正解?」
腕時計を確認すると授業の時間とは程遠い。そもそもまだ皆大学に向かっている電車の中だと思う。結花もきっと自分の家にいるってことだと思う。彼女流の冗談なのだろう。
私の調子がいつもと違うって、最初の声で気がついたからこそそうしてくれたのだとしたら、私は彼女のことを大事な友達としてこれからも付き合っていくだろう。いや、友達以上かもしれない。
「ごめんね、今日は休もうかと思って」
「おお、珍しいねぇ……。どういう風の吹き回し? 私まだ家にいるんだけど、怜ちゃんがいないんならどうしようかな~」
彼女は立花結花という名前で、大学の入学式のときに隣に座っていた縁で仲良くなった。彼女は、名前に花の文字が二つ入っていることを気に入っていたのだけれど、花の名前は向日葵と朝顔とヒヤシンスとチューリップしか知らない。
それしか授業で習っていないからって言う。常にマイペースだけれど、時々、とても鋭いことを言ってくれる。しっかりと自分を持っている気がしていて、私は彼女のことがとても好きだ。
美大に通っている彼氏がいて、時々、私と、結花と、その彼氏で酒を飲むことがある。そういう時は大抵結花の部屋なんだけれど、私が邪魔じゃないって空気が不思議。変な話だけれど、結花は彼と二人でいるよりも、私を交えて三人でいるときのほうが好きだって言う。
彼女がそういう時、嘘をついている感じはしない。だから本当のことなんだと思う。私はどうだろう、私がそういう状況になったとしても、きっと三人よりも二人のほうがいいって思うんじゃないかな。
少なくとも、悠二と付き合っていた時は、結花には一度も合わせなかった。それもやっぱり彼が浮気性だということをどこかで気がついていたからだろうか?
悠二は多分、自分のことしか考えてないタイプの人間だから、私と結花の関係だって平気で壊すだろう。ああいう人間はきっと、人間の心なんてないんだろうな。違う、結花と合わせたらきっと結花は『別れた方がいい』って、悠二に直接言ったと思う。だって会わせてないのに、私にそう言うから。
どっちを取る? 結花だろうな。
「彼氏と別れちゃった」
「声でそんな気がしてたよ。と言いつつも、結構迷ってたでしょ? 別れるかどうかってこと、さぁ」
「うん……そうかも」
「私は怜のこと好きで、大好きだから敢えて言うけれど、怜があの男と別れてくれて涙が出るくらい嬉しいよぉ。私はあいつのこと反吐が出るくらい嫌いだったから。ほんと嫌い、大嫌い」
「ありがとう、そう言ってくれて。私も結花のこと好き」
結花の言うことは最も。彼女はふふって笑った。電話の向こうの音さえ聞こえてきそうな微笑みだった。
「何かあったら電話して」
私はうんと言って電話を切った。
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