怜②

 2-1

 一人暮らし、新聞を取っておらず朝からスマートフォンやパソコンを触る気にもならず、朝はいつもテレビをつけてしまう。と言っても役に立つは天気予報くらい、それだって本当にそう? と言われれば迷ってしまうけれど。


 テレビは言う、『次は天気のコーナーです。いやー、今日も寒かったですね。ここ二、三日ぐっと、急に寒くなりましたよね。今年の冬はとても厳しい予想が出ています。では天気図を見てみましょう……』画面が変わっていつも見慣れている画面になる。


 私が覚えている限りでは、先週のニュースではずっと『今年は暖冬』と言っていたような気がしたのだけれど、今流れているニュースはもうそんなことを忘れてしまったかのよう。


 確かに、窓を開けると空気はもう完全に冬だった。まだ十一月の初め、関東では冬と呼ぶには早すぎる。窓の外、つい先日までは半袖の人たちも何人かいたのだけれど、学生は冬服、会社員もコートにマフラーを巻いている。


 天気予報は変わらず、『今日からより一層寒くなるでしょう』と言っている。いい加減なものだと思うが、世間一般の人たちは、私が思うよりもいちいちそんなことに腹を立てないらしい。


 暖かいコーヒーを入れるためにお湯を沸かしているとスマートフォンが鳴った。昔、親の携帯電話を貸してもらっていた時はそんな呼び方はしなかった。携帯、ケータイ、スマホ。呼び名と中身が違うってのは知っている、でも目的は全く同じ。誰かが誰かの時間を奪うものってだけ。


 こういうのもたぶん、本当に大事な何かから目を逸らすためのマヤカシなんだろうな。画面を見ると悠二と表示されている。付き合って二年になる彼からだった。知り合う、気になる、気にする、好きになる、好きになって貰う、付き合う。ゴールはセックス。


 その先は? 知らない。


「おはよう朝だ、俺だよ悠二。今日はどう? 調子は」


 私の携帯に連絡入れているんだから、俺も誰もないと思う。それとも誰か他の人間が悠二の電話を使っている、もしくは私の携帯以外にかけているとでも言いたいのだろうか?


 まさかね、自分の携帯電話を使わせるって相当親しい人間じゃないとできないでしょう? 少なくとも私は悠二のそれに触ったことがなし、その中で何が行われているかってことも当然知らない。


 ……あ、気がついちゃったけど、私ってその程度じゃん。馬鹿だよね、いつも過ぎた後にあれが大事なことだったって気が付くんだもん。


「おはよう、珍しいね。朝からどうしたの?」


 そんな雰囲気は微塵も声には出さなかった。隠すのは得意なんだ、たぶんずっと前から。でも、電波や画面を通してそういう空気は伝わっているのかもしれない。


 だって、そういうのを通して、彼が私をもうあんまり好きじゃないって、私が気がついているくらいだから。本音は、彼にそう伝えたいのかもしれない。そうすれば『別れましょ』って口に出さなくてもいいから。そんなの自分にとって都合が良いってだけだよね。それはずるいって気がするんだ。


「今日さ、ちょっと学校に行けそうにないんだ。バイト先から『どうしても入ってくれ』って頼まれてさ。ほら、人がいないのは怜も知っているだろ? だから出席とノートお願いできるかな。今年はさすがに単位を落とせないんだよ」


 彼は私との予定にに『バイトが入った』って言ってくることが多い。それは本当は他の女の子と会っているんだろなって思う。私より優先するべきこと、それは私より大事なだもんね。彼には私の葛藤がまるで伝わっていない。きっと優先度が低い物事には深く関心を持たないんだろうな。大学のことも、私のことも。


「うんいいよ。コピーでいい?」


 だったら断りなよって友達は言う。私もそう思う。だって自分にメリットないもんね。人生はメリットだけで人生を選択しているわけじゃないから。私が悠二と付き合い続けているのもそうだと思う。断れずに受け入れてしまうのも悪い癖。小学校から積み重ねてきた私の歴史の結果、悠二もきっとそれに気がついている。悪く言うと利用。


「夜までだから、メールで送っておいてくれるかな」


 私はうん、と答えた。まだ少しだけ彼を信じているんだ。疑ってもいい理由はいくつもあったのだけれど、私はまだ、彼と付き合っているから。そっけない態度も気が付かないふりをしている。


 彼は私の性格を知っているからこういう時……つまり、人から何かを頼まれたときって意味だけれど、絶対にそれを守るってのも知っている。でも、私がそれをなんとかしたいって思っていることには気がついていない。


 それが彼と私の差。だって私だって生きているからね。


「分かった、送るね……多分」


「うん、じゃあ」


 通話を終わらせると、びっくりするくらい自分の気持ちが冷めていることに気が付いた。それは間違いなく私のせいで、彼のせいではない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る