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目的はなかった。でも、なにもやらないって選択肢もなかった。働くという選択肢もまだ、なかった。甘いと言われればそれまでだけれど、私の通っていた高校は就職組がとても少なく、流れるように大学へ行くことを決めた。
専門学校という選択肢もあったはずだけれど、そこに進む勇気も、私の中になかった。大人になるのが怖かったのかもしれない。改札を潜ってホームに行く。運良く直ぐに電車が来てくれた。
電車の良いところは自分が何を考えていても、乗ってさえいればとにかく進んでくれること。私の立ち止まっている思いとは無縁に、中央線は東京駅に向かって走る。
そこも途中、まだ先はある。東京駅に着いたら総武快速に乗り換えて千葉方面に向かう。動き出した電車の中、スマートフォンで千葉駅近辺を調べてみる。
海がすぐ側にあると思い込んでいたけれど、だいぶ遠い。これじゃあ山梨行った方が安かったかな? でも、私は海に行きたくなったのだ。せっかく海に行くなら、東京湾みたいなところじゃなくて、もっとちゃんとしたところに行きたいと思った。
銚子とか、九十九里の太平洋のほうに。海は広くて大きい、そういうのがきちんと実感できるような、海。お台場とかだって一応海だけれど、折角なら。海ほたるみたいな人の多いところは今日はいい。
ふと思い出して、大学で千葉の出身と言っていた知り合いに連絡を入れてみる。今授業中かもしれない。でもすぐに返信が来た。きっと聞くふりをしながらスマートフォンを見ているのだろう。
何度か隣の席になった時はそうだった。それでも私よりずっと成績がいいから不思議だ。コツみたいなものがあるんだろうな。それ、欲しい? と聞かれれば、私にはそんなのいらないのだけれど。彼女とはそんなに親しいってほどではないのだけれど、会えば一緒に昼ご飯を食べるくらいはする。
彼女は魚の食べ方がとても綺麗だ。ずっとそれを食べて育ってきたんだろうな。
『今の季節、千葉の海ってどこがお勧め?』
『千葉の海ね……』『ところで今どこいるの?』
車内の電光掲示板、次は船橋と表示された。船の橋、そんなのはとても歩きにくい橋になるだろうな。
『次、船橋駅』
『船橋か』『千葉駅まで行く?』
『その予定』
『近くには東京湾しかないなって』
そうだな、という表示のスタンプ。なんのキャラだろ、可愛い。
『千葉から外房線か内房線に乗って安房鴨川に行ってみたら。どっち使ってもそこが終点だから。でも、外房から行った方がいいかもしれない。途中からずっと海が見えるから』
『安房鴨川……』『分かった、ありがとう』
『頑張ってね、また大学で』
何を頑張ってなのかと思った。でも文面がそこで終わらせたがっている気がして(そうでなければきっとこんなことは書かないと思う)返事は書かずにスマートフォンをバッグにしまう。
寝不足でもないのだけれど、少し眠ることにした。平日昼間の空いた電車の中、よく日の当たる一番端のシートでの揺れは眠りを誘う。目を閉じたらすぐに寝てしまった。
目が覚めた時、電車はちょうど千葉駅に着くところだった。荷物を持って、駅員に安房鴨川に行く方法を聞いてホームに行き、電車を待った。千葉駅、外に出たわけではないけれど、車窓から見た感じは思ったよりも都会だった。
これだと確かに、大方の埼玉県民がライバル視したくなるのもわかる気がした。でも、結局は埼玉だって、千葉だって、あるいは東京だとしても、どこだって同じ。
そんなことに、みんな気が付いているから、本当のことは誰も何も言わないだけなんだと思った。ぼんやりと、待合の椅子に座って電車を待っていたら、どこかで見たことのあるような男の子がホームにいた。
同じ大学だったような気がする。大教室であんな顔、見たような。違うかな……。どこかにいる人って、誰だってどこかであったような気がするものなのかもしれない。
特にこんな気分の日は。いつもなら、絶対にそんなことはしないのだけれど、いつもとは違うから話しかけたくなった。私は自分が思うよりもずっと孤独だったのかもしれない。
「ねえもしかして、〇〇大学の人?」
私の声でその人は顔を上げた。少し前からみんな、どんな場所でも暇さえあればずっとスマートフォンを見ている。電車でも家でも。
でも彼は、線路を挟んだ別のホームにあるベンチを眺めているように見えた。そういうところも、もしかしたら私が気になったことの一つなのかもしれない。
「ああ……え? ああ……」
「すみません、違いました?」
彼はぼんやりとした表情で視線を私に動かす。じっくり見ると全然違う人に思えてくる。そうだとしたら謝ってさっさと別のところに行った方がよさそうだ。次の電車に乗らなくてもいいんだ、時間はある。
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