第10話

「力の差は歴然であろう。もし無為な抵抗を止めて降伏するなら、我とて無慈悲ではない。せめて楽に死ねるよう一息に殺めてくれよう――などと提案はすまい。我は一度口にした公約は守るゆえ、貴様らの惨死は絶対だ」


 若手記者の心中に底なし沼にも似た絶望感が去来する。

 無念のままに没した同胞の魂を糧とし、急成長を遂げたオークキングの危険度ランクはまさかのAを通り越してSランクにすら到達しているのではないだろうか。


 ならば勝てるわけがない。

 ああ、終わりだ。今度は自分があのオークのように凄惨な死を迎えるのだろう。

 生きたまま四肢を潰され、汚らしくあらゆる臓腑をぶちまけ、誰にも気づかれることなくひっそりと骸になり果てる、嫌な死に方だ。


 けれども不思議なことに、この絶望的な状況下において誰一人として泣き言をもらす人物はいない。

 もしや冒険者という存在は恐怖の感情が欠落しているのか。それとも往生際が悪いだけなのか。


 縋るように傍らの半獣人の少女を見る。

 だからどうしたという話だが、どうせなら本当に怯えの色がないのか確かめたくなったのだ。

 彼女のトパーズブラウンの瞳になんらかの意志が秘められていた。


 やはりそこに介在していたのは不安や焦燥感――いや違う、これは確信をしている目だ。まだ可能性は潰えてないと強く信じているからこそ持つことのできる希望の眼差しだ。


 その眼差しの矛先を辿る。辿り着いた視線の先に佇んでいたのは、マストラだった。

 彼ならばこの戦局をどうにかしてくれると半獣人の少女は信頼しているのだろう。

 それなら自分も信じることにしよう。

 草むしり冒険者と呼ばれた男のことを。


 かくして信頼を寄せられた偉丈夫は口を開く。

 

「貴殿に俺では敵わないことは認めよう。だが戦闘の最中に急成長するのは自分だけだと思わないことだ。……頼むぞ、クルーエル」


 ちらりと肩越しにこちらをふり返ったマストラに応える半獣人の少女、クルーエルはなぜか嬉しそうに「はい!」と大きく頷いた。


「わたしはみんなみたいにモンスターを倒したりはできないけど、マストラさんのお役に立つことだけはできます!」


 その場で前屈みになり、両の手を地面に付ける。「よしっ」と気合を一つ入れ、「はぁぁぁぁぁ」と声帯を震わせ始めた。

 一体彼女はなにをしようというのか。


「何をする気は知らんが、我がただ黙って見守っていると思うか?」


 同じくその突飛な行動が気になったオークキングはターゲットをクルーエルに変更する。

 あくまで若手記者おにもつの護衛だと思って放置していたが、土壇場まで特に目立った様子を見せなかったのはこのようになんらかの奥の手を隠していたからに違いない。


「早々に不安の芽は摘むに限るのでな、まずは貴様から仕留めるとしよう」


 筋肉で丸々と盛り上がった緑色の巨体をゆさゆさと揺らしながらオークキングは目標に接近しようとする、……が。

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