第09話

「危ない!」

「へ」


 変異種――オークキングの豪腕によって穿たれた地面は、砕けて礫となった末に無差別兵器と化す。

 大小様々、鋭利な礫の一つ一つが爆発的な加速をともない飛来する。

 半獣人の少女がナイフで弾いてくれなければ今頃とっくに被弾しており、最悪即死していたことだろう。

 

「……ひっ!」


 遅れて、情けなく引きつった声がもれる。

 心臓がドカドカと早鐘を打ち、息が乱れた。

 感じた命の危機はかなりのもので、こちらの安否を気遣う半獣人の少女にも空返事をするのがやっとなほどだ。


「すまない攻撃を許した、そっちは無事か⁉」

「はい! わたしも新聞記者さんもなんとか大丈夫です! マストラさんこそ気をつけてください!」


 同じようにからくも一撃を避けたマストラがよく響く声で安否確認をしてくるが、肉体面はともかく精神面は無傷とは言い難い。


 早くも心が折れ、つい先程マストラパーティーに抱いた興奮もどこへやら。

 正直一人で逃げ帰れるほどの度胸があればすぐにでもこの場から駆け出しているところだ。


 しかしながらそれも当然叶わない。あの道のりを自力で戻れる気がしないからだ。

 冒険者に随伴してもらわなければ恐怖と心細さで足が竦んで動けない。

 だというのに、よくマストラは前線にいてなお臆することがないなと感心する。これも冒険者の持つ胆力というものだろうか。

 

「今のはほんの手遊びよ。次からは本気で行くぞ。巣に入り込んだ小鼠らしくせいぜい抗ってみせるがいい、冒険者!」


 オークキングは地面に突き刺さったままの右手を引き抜き、そのままの勢いで後ろに腕を引く。

 左肩を前面にして上半身を大きくよじらせると、マストラに向けて暴風が如き張り手を見舞う。


 ――まともに受けては致命的だ、回避する!


 射程範囲を瞬時に見極め、まさにすんでのところで半身をそらす。体の前を掌が通過する際の衝撃で押し倒されそうになるが、前後に開いた両足の踵になんとか力を込めて踏みとどまることに成功。

 オークキングの攻撃が見事に空振ったことを確認すると、マストラはすぐさま反撃に転じる。


 前傾姿勢となり、風にそよぐ麦穂を彷彿とさせる動きで右脇を駆け抜けると同時、いまだ技の影響で硬直しているオークキングの太ももを剣で撫で切りにする。

 がしかし隆起する筋肉のせいで皮膚にバスタードソードの刃が通らず、逆に弾かれてしまう。


 違和感を覚えた時点でバスタードソードの柄ごと手放したから大事にはいたらなかったが、それでもミスリルメイルを剣で叩いたような痺れが利き手に残り、舌打ちをしてごまかす。

 あらぬ方向に得物が吹っ飛んでしまったが、拾いに戻る隙も暇もない。


「マストラの旦那、危ないから下がってな!」

「剣が通じなければ加護で攻撃すればよいのです」


 こういう時に頼りになるのはやはり仲間だ。

 万が一にもマストラを巻き込まないように援護のタイミングを見計らっていた彼女達は、彼がオークキングとの距離を置いた瞬間を狙って行動した。


 再び放たれる炎の息吹と水鉄砲。

 その威力はオークの件にてお墨付き、これならば十分相手に通用するはずだとこの場にいる誰しもが思った。

 だが――。


「笑止。の攻撃が誇り高きオークの王たるこの我に通用すると思うたか?」

 

 確かに加護は命中した。命中したものの、あまりにもあっけない結果に終わった。

 火山蜥蜴の加護はオークキングの表皮に軽い火傷を負わせ、水棲霊の加護はどてっ腹に血を滲ませる程度のダメージを与えた。ただしそれだけだ。


 皮膚がめくれ上がるほど重い全身火傷を負わせたわけでもなければ、胴体に風穴を空けて痛みで悶絶するほどのダメージを与えたわけでもない。


 単純に威力不足。

 これでは対抗手段にすらなりえない。

 剣が通じなければ加護も効かない。

 まさに八方塞がり、万事休すだ。



__________


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