第07話

「ブォォォォォッ!」


 先手必勝とばかりに飛び出してきたオークの群れが一人の男に向けて殺到する。その数、二十ほど。


「そうだ、俺にかかって来い。……ぬんっ!」


 落ち着きはらった様子のマストラがまずは自らの間合いに入ったオークを剣で水平に一刀両断。  

 真っ二つになった上半身が空中に鮮血のアーチを描き、さっそく相手の勢力を削ぐことに成功した。


「……やるな、言うだけのことはある。それでこそ我らが相手取るにふさわしい冒険者よ」


 同胞を失ったというのに憤怒にかられるどころかマストラの腕前を素直に称賛する変異種。

 余裕を示しているだけなのか、それとも他に別の意図があるのかは分からないが、なんにせよ変異種みずから打って出るつもりはまだないようだ。


「ブヒィ! ブヒブヒィ!」

「ブブヒィ、ブヒィ!」


 この冒険者を相手に無策で突っ込むのは得策ではないと理解したのか、途中から二手に別れるオークの群れ。

 左右から挟み撃ちにする形で、マストラを叩こうという腹積もりなのだ。浅ましいモンスターの割によくぞまあ知恵をしぼり出すものである。


 しかしマストラは動じない。

 なぜなら彼の背後には心強い仲間達が控えているからだ。


「さぁてと、ここまで温存してきたんだしそろそろあたいらもひと暴れするよ。新聞記者のお兄さん、記事にするならあたいらのこれからの活躍をよーく見といてくれよっ!」

「静謐なる水流と猛々しい火焔が織り成す幻想的な光景をご覧に入れてみせますわ。おひねりは結構。拍手のご用意を」


 洞窟探索が始まってからこのかた正面切って敵と闘う役は常にマストラの仕事だった。当然切り込み役も。


 それは彼が前衛担当であるためというのも理由の一つではあるが、なにより他の仲間が表立って敵と刃を交わすだけの近接戦闘力を持ち合わせていないことに起因する。


 だからといって仲間の女性陣がマストラにおんぶに抱っこという話でもない。

 そうではなくて、あくまでも彼女達の役割は後方支援にこそある。

 ゆえに、これよりその真価が発揮される。


「あたいの息は。そら、ドラゴン顔負けの火吹き芸を披露するよ」


 最初に行動したのはポニーテールの少女だった。

 彼女はすぅと大きく息を吸い、リスのように頬を膨らませたまま口を閉ざす。 


 次いでなにをするのかと思えば本人から向かって前方右斜め、今まさに横合いからマストラへと襲いかかろうとしていたオーク数匹に狙いを定めて――勢いよく息を吐いたではないか。


 すると驚くことにその吐息は前もって彼女が宣言した通り、いな火吹き芸では済まないほど凄まじい炎の息吹となって一直線に伸びていく。


「ブギャアッ!」


 脂ぎったオークの体はよく燃える。

 灼熱の炎になでられて、一瞬にして燃え上がったオーク自身が巨大な火種となって傍らの仲間にも火が燃え移り、更に被害を拡大させる。

 そこかしこでオークの身を焦がす苦痛に喘ぐ悲鳴が聞こえ、さながら地獄の様相を呈していた。


 同時に妙齢の女性も動く。

 魔術師が扱う杖のように細長い左腕をぴんと前に伸ばし、左翼からマストラに詰め寄ろうとしていたオーク群に白くたおやかな人差し指を向ける。


「人の喉を潤す清水は時として凶器にもなることをその身に教えてさしあげますわ」


 意識を集中。

 体内に水を取り込むのではなく放出するイメージを脳内に思い描く。

 じわり。

 岩清水のように音もなく彼女の指先から水が湧き出す。水はすぐにしとしとと流れ出し、掌を伝って手首に至るまでそぼ濡らす。


 だがそれもわずかばかりのこと。岩で塞き止めたかのように突然水の噴出が打ち止めとなり、代わりにしゅるしゅると、まるで今にも間欠泉が吹き出しでもしそうな異音がし始めた。


 そして――ドシュッ。


「……⁉」

 

 突然下半身に走った衝撃とともに、なにかが通り抜けた感覚。

 自分はいったいなにをされたというのか。

 オークがそれを知るのは立っていられないほどの激痛が下半身に訪れてからだった。

 態勢が崩れ行く最中に覗き見る。自らの足に人間の親指ほどの穴が空いていた。

 攻撃を受けたらしい。だがどうやって?


 オークが抱いて当然の疑問はしかし、脳死という結果によって半ば強制的に解答をもたらされることとなる。


「ブ」


 再び放たれたなにかによって頭蓋を貫通し脳漿をぶちまけるオークにはもはや知る由もないだろう。

 自身を穿ったものの正体がまさかの超圧縮された水鉄砲であるとは。

 あるいは知った上で納得できただろうか。たかが水如きに命を奪われることになろうだなんて。

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