第06話

 モンスターの中には時として異常個体と称される存在が生まれることがある。

 有する能力、外見、身分、そのどれもが同種族でありながら異なっており、独自の変容を遂げた異常個体はギルドで変異種として区分されている。


 その際、過去の冒険者達の手によってモンスターに割り振られている危険度ランクも通常のものから底上げされ、時と場合にもよるが最低でもランクが一つ繰り上がることは間違いない。


 つまり眼前に悠然と立ちはだかる変異種オークはBランク、もしくはそれ以上の力を秘めていることになる。

 なるほど、この変異種の出現に恐れ慄いた他種のモンスターが慌てて逃げ出したというわけか。

 それゆえこの洞窟はオークの王国となった、そう考えればすべて辻褄が合う。


「……依頼内容には確かに『大量発生したオークが上位種に統率されている可能性あり』と追記されていたが、まさか変異種とはな」


 マストラは油断なく距離を取りながら、変異種の姿を見据える。

 当然のことながらその体躯は自分のそれとまるで異なっていた。

 通常体のオークは平均的な成人男性とさほど違わない大きさだが、変異種は同種と比較しても一回りではきかないほどにデカい。

 デカいからにはもちろん膂力も強いことだろう。迂闊に近づくのは危険である。


 かといって逃げる選択肢はない。

 今ここで変異種を含めたオークを根絶やしにしておかなければ、拠点を変更されるかもしれない。

 そうなってしまっては依頼の未達成はもちろんのこと、恐れていた集団暴走を誘発してしまう危険性が生じる。

 だからこそ、ここで引くわけにはいかない。


「……聞こえなかったか人の子よ。我は貴様におのが名前を問うたのだ。よもや名乗る名を持ち合わせていないということはあるまい?」


 変異種から再び大仰な声を浴びせられる。

 どうやらマストラが誰何の声に応じなかったことを咎められているらしい。


「これは失礼した気高きオークの頭目よ。俺の名はマストラ・オルレウス、冒険者をやっている」


 律儀にも仕切り直してから変異種相手に名乗りを上げる。

 たとえこれから闘う敵であろうと、言葉が通じる者にはそれなりの礼節を尽くすのが彼の流儀だ。

 

「ほほう、冒険者とな。なればこそ『この地になにをしに来たのか?』などと問うまでもない。おーくを語らずとも分かる。貴様らの目的は我が配下並びに我の首であろう」

「話が早くて助かる。貴殿には悪いが、その命刈り取らせてもらう」

「自らが属する種族に仇なす者を淘汰するに良いも悪いもないであろう。弱肉強食こそが本来あるべき自然の摂理よ。無論タダでは殺されぬがな」


 変異種の宣言を皮切りに、これまでずっと静観を決めていたオークが一斉に身構える気配。もう一声かければすぐにでも行動を開始することだろう。


「来るか。――みんな、戦闘の用意をしてくれ」


 背負っていたバスタードソードを素早く背中から抜き放ち、マストラもまた正眼に構える。

 背中越しに短く指示を出し、仲間から応じる声が返ってくるのを耳にすると、片手で強く武器の柄を握り込んだ。

 そして前に一歩踏み込む。開戦の合図だ。

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