パペット
ここに、一つの人形があるとしよう。もちろんそれは、ただの人形だ。愉快に踊ったりもしなければ、喋りもしない。
しかし、そんな人形が動き、話を掛けて来たとしらどうなのだろうか。その人形を、私達は、いったい何と呼べばいいのだろう――。
その世界は文明が進んでいた。何の不自由もなく、人間が幸福であることが当たり前と、誰しもが思っていた。毎日を楽しく過ごし、日々を謳歌する。そう、人間が科学の発達という甘い汁に溺れた姿が、そこにはあった。
それでも、誰にもでも死は平等に訪れる。人は老いる、細胞は劣化し、いつしか体は活動を停止して目覚めることのない永遠の深い眠りに落ちる。
しかし、その世界に生きる人間はそれを認めようとはしなかった。生物の死という、神の定めた掟に反旗を翻したのだ。許されるはずがない、そう知りながらも彼らは、その先へと手伸ばしたのだ。
その結果。人間という種族は絶滅したのだ。その世界にもう、少なくとも生物としての人間はもう存在してはいない。
金属で作られた頑強な肉体に、どこまでも遠くを見渡せるレンズの瞳、どんな音さえも聞き分ける高性能な機械の耳。生身の肉体を捨てた機械の体に成り果てた、かつて人間だったモノの姿が、そこにはあった。老いることのない肉体、死ぬことのない永遠の命、かつて狂おしい程に彼らが渇望した願いが、この結果を生んだのだ。
人間という種族は、もう存在しない。新たな生命が生まれ、時代を生き抜き、その遺志を継いできた人間の歴史は幕を閉じた。
ここにいるのは、人間の成れの果てだ。終わることのない永遠の生は、彼らから活力を奪い。朽ちることのない体は、彼らから心を失わせた。堕落し、ただ無気力に動くだけの人形になった人間の器は、ひたすらに年月だけを重ねていく。
いや、違う。そもそも彼らは、人間の模造品だ。死ぬ逝く人間が、自らの記憶を移し替えた人形だ。動きもすれば、喋りもするだろう。しかしそれは、ただの真似事に過ぎない。本来の生物でもなく、無機物ですらない。中途半端なモノへと形を変えた、ただの屍だ。
もちろん、その影から人形の手足を動かしているモノは、かつの人間だ。死後の世界で、その糸にしがみついては世界に縋り付いている。
ここに、一つの人形がある。愉快に踊り、喋りもする。
しかし、その人形を『私達』は、いったい何と呼べばいいのだろうか――。
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