勇者と魔王

 そこは、まるで地獄のような場所だった。太陽の陽射しは届かず、草木は枯れ、動物は死に絶えた。凍える寒さに身を震わせ、空腹と虚無感は徐々に心をすり減らし、やがて深い絶望に落ちる。


 そんな地獄に、その古城は建っていた。終始吹き荒れる砂混じりの風が、城壁を削り。何の気配もないそこは、まるで廃城のようだった。


「貴様らが、勇者か……」


 城の最深部。玉座に深々と腰かけながら、魔王は勇者へと目を向けた。


「魔王。長かった戦いも、これで終わりだ」


「貴様を倒せば、この世界に平和が訪れる。人間を、多くの人々を殺め、苦しみ悲しませた報いを受けるがいい」


 魔王の目の前には、二人の青年が剣と槍を持ち、慎重な面持ちで身構えている。


「そうか、そうだな。しかし、一人足りないようだが、魔法使いの女はどうした?」


 勇者の一行は三人、魔王は玉座の間を見渡して勇者へと問いかけた。


「何を白々しい。彼女は貴様の配下である、十魔将の一人と戦い。自らの命と引き換えにその首を打ち取ったんだ。知らないとは、決して言わせない」


 剣を、勇者にしか扱えないと言われる聖剣を手にした青年が、悲痛な顔で魔王へと怒りをぶつける。


「なるほど、それは残念だったな。本当にこれまで、どれだけの命が消えていったことか。まさかこんな結果になろうとはな」


「何を人ごとのように……。魔王、貴様は自分が何をしてきたのか、わかっているのか」


 勇者の横で槍を持つ青年が、魔王へと槍を向けて殺意に満ちた形相で睨みつけた。


「わかっているさ。私は、私の仲間や家族、私を魔王様と慕ってくれた皆を守ろうとしただけだ。そうさ、人間を多く殺しもした。私を恨み、殺したいと願う人間は数え切れないだろう」


「そうさ、俺の両親も魔族に殺されたんだ」


「そうか、それはすまないことをしたな。だが逆に問おう、貴様らは何故魔族を襲う。何の害もない者達を、ただ魔族という理由だけでどうして殺した。彼らはただ、平穏に暮らしていただけだ」


「何故? 魔族は悪だからだ。いるだけで、貴様らは世界の秩序を脅かす。その証拠に、この土地を見ろ。貴様らの呪いでここは地獄のような場所に変り果てているじゃないか」


「落ち着くんだ。冷静になれ、魔王の口車に乗るな」


 槍の青年は魔王の言葉に憤慨し、体を震わせる。今にも飛び掛かりそうな槍の青年を勇者が横から押さえ、魔王へとその目を向けた。


「魔族が悪か。ここは我らが来たから、このような場所になったわけではない。居場所を追いやられ、迫害された結果。最後にここに辿り着いただけのことだ。確かに私を含め、悪と呼ばれる魔族はいる。しかし全ての魔族がそうだったわけではない」


「いや、魔族は同じだ。人を殺し、奪い、破壊の限りをつくす。善人の魔族だって、そんなのは聞いたこともない」


「そうだろうな。戦いに出た者達は、皆戦士だった。彼らも家族を失い、住む場所を蹂躙され、人間を憎んでいた。人間と戦っていた魔族には、貴様らから見て善人などはいなかっただろう。彼らは、戦うために人間の土地へと赴いたのだからな」


 魔王は表情一つ変えずに、玉座に腰かけたまま淡々と話をする。


「僕達、人間が悪だったともで、そう言いたいのか?」


 勇者は魔王の言葉に、唇を嚙み締め鋭い眼光で睨みつけた。


「いや、お互いに生きるのに必死だっただけのことだ。私は正しいことをした、そして人間も己の信念に従い正しい選択をした。ただ、魔族と人間の正しさが違っていただけのことだ。だからこそ、こんな結果になったんだろう」


「僕達は、決して間違っていない!」


「ああ、そうだとも。私も勇者も、何一つ間違ってはいない」


「いいや、魔王。おまえは間違っている」


 勇者の言葉に、魔王は答えることはしなかった。しかし淡々と話していたその顔には、どこか焦燥感のような、暗い影が落ちる。


「さて、勇者よ。もう終わりにしよう」


「ああ、これで最後だ」


 勇者と槍の青年は、その言葉を皮切りに魔王へと飛び掛かった。


「私が消えたとしても、それは無駄なことだ。人間は同じ過ちを繰り返す、どうしようもない。どこまでも他者を否定し――」


 魔王が何かを言い終わる前に、その胸に聖剣と槍が突き刺さる。


「はあ、ははっ。これで私もようやく皆の所へ逝ける。ごめんな、皆……」


 魔王はかすか声で、そう言うとそのまま地面へと倒れ込んだ。


「やった、やったぞ。魔王を倒したんだ」


「ああ、これで世界が平和になる」


 二人は歓喜し、槍の青年は地面に倒れる魔王を足蹴にすると、頬を吊り上げる。


「たく気味が悪いんだよ。紫の血なんて、こんなのは人間じゃないぜ。正しい人間には赤い血が流れているもんなんだよ。思い知ったか、この化物が!」


 そうして二人は、廃城を後にする。無残に転がるマゾクの亡骸を踏みつけて、意気揚々と王都への帰路へと着く。

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