タイムマシン

 時間とは、なんだろうか。時計の針が進めば、それは未来へと向かっているのだろうか。あるいは動植物が死んでは枯れていくからか。前に歩いても、後ろに戻っても時は進む。


 ならば過去とは、なんだろうか。自身の記憶にある出来事が過去か。あるいは歴史を記した書物が、過去の証明なのか。自身が歩いた道を振り返った時、その道は過去にあたるのか。過去の自分はそこにいた、カメラに映り、人と出会い、人の記憶にも記録にもある。けれどそれは、過去の存在証明にはならない。それはあくまで、記録と記憶であり、時間そのものを証明してはいないのではないだろうか。




 ある男がタイムマシンを発明した。これは未来にも、過去にも自由に行き来ができる。


 その男は、まず手始めに過去へと向かった。自身の子供時代、生まれる前の両親の若き日の姿、更には書物でしか知ることのできなかった大昔の時代。男は過去へ、そのまた過去へと遡り、人類が誕生したであろう瞬間にさえ立ち会った。


 次に男は未来へと向かった。自分の考えが及びもしない、文明の発達。自身の時代での未知は未知ではなくなり、不治の病はただの病気になり、人の姿も変わり。命の概念すらも、そこではまったく違うモノへとなっていた。


 男は更に、先の未来へと向かった。もっともっと、先を見てみたいという欲求に駆られ、男は未来へと向かう。しかし、ある瞬間に、全てが消えてなくなった。


 無に帰したという言葉、これに該当するのだろうか。男はタイムマシンのなかから、地球も、否、星々さえも消えた闇の空間に気が付くと漂っていたのだ。自分という存在以外が、全て消えてしまっている。タイムマシンの外には、空気はあるのだろうか、いやそもそも空間と呼べるモノが存在するのだろうか。まるで、目に見えず触れることができない壁に囲まれているような、錯覚を起こしてしまう。


 男は恐怖した、確かめようと外に出る勇気はない。ならば、過去に戻ればいい。男はそう考えると、すぐにタイムマシンで過去へと向かう。


 しかし過去へと向かったはずの男は、驚愕した。タイムマシンが向かった先には、そこには未来と同様の光景が広がっていたからだ。何かを間違えたかと、男は必死に手元の機器類を操作するが、そこは過去で間違いはなかった。どういうことかと、男は悩むが手の打ちようがない。


 そして、どれほどそうしていたのか。男は絶望し、自ら死さえ選ぼうと考え始めていた時だった。何もない闇に、一つの小さな光が発生すると、それはとてもつもない光を放ち爆発した。


 突然の出来事と光に、男は目を瞑った。やがてゆっくりと目を開けると、男はその目の前の光景に愕然となり、やがて狂ったように笑いだした。


 そこには、男が過去へと戻り、自身が見て来たであろう光景が広がっていたのだ。


「嘘だ……」


 狂ったように笑っていた男は、やがて力なく項垂れると、小さく呟いた。


 そして、すぐ様にタイムマシンを動かすと、未来へと向かった。自分が生きていたであろう、未来へと向かう。


 タイムマシンは未来という目的地に着くと、男はタイムマシンの外へと飛び出した。見知った街並み、自身がよく知る光景に男は少しの安堵感を覚えつつも、それでもどこか不安に駆られていた。


 しばらくして、男は自身の家へと着くと、そのまま裏にある倉庫へと急いで向かう。


 男は、そのまま倉庫の扉を開け放つと、その光景に愕然とした。


 そこは、何一つ変わってはいなかったのだ。恐らくは、つい先程までは自分がここにいたのだ。いや、正確に言うならば、この時間はまだ自分がいるはずなのだ。過去へと戻るタイムマシンの整備をしているはずなのだから。


「あははは!」


 男は今度こそ、理解した。男はこれで、震えるほどに狂気した。


「世界は、何一つ変わらない。時間なんて、全てが幻だ……」


 男は膝から崩れ落ちると、頭を地面へと何度も叩きつける。額から血が流れ、憎悪と悲しみに満ちた目で、男は愚かな自分を痛めつける。


そして、そんな自傷行為のなか、男は唐突に立ち上がるとふらついた足取りで、倉庫を出て行った。


途中に、道の端に落ちていた廃材を手にして、男はタイムマシンの前で立ち止まる。


「世界よ、俺はおまえを認めない!」


 そう言い放ち、男は自身の最高傑作であろう発明へと、その手にした廃材を振り下ろした――。


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