枯木細工

天灼 聡介

星が落ちてくる

 とある世界の片隅で、誰かが言った。


「おい、大変だ。空を見てみろ、星が落ちてくるぞ」


 空を見上げれば、そこには丸い球体の大きな赤い星が、雲の向こうに見えていた。


 その話は、瞬く間に世界に広がって、人々は混乱した。


 どこへ逃げればいい、どこへ隠れればいい、どうしたらいい。そんな言葉を皆は口々に言いあっては、一人一人と消えていく。


 しかし、そんななか、ある一人の男がこんな言葉を口にした。


「いや、ちょっと待ってくれ。星が落ちてくるなんてありえない。そうだ、この星があの星に近づいているんじゃないか」


 その男の話を聞くと、とある人は返した。


「じゃあ、あの星がぶつかる反対側へ逃げればいいんだ」


『そうだ、そうに違いない』と、皆は我先に人を押しのけて逃げて行った。星の裏側は、やがて人々で溢れ返り、そこで多くの人が命を落とした。


 それでも、まだ星は落ちてこない。


 しばらくすると、ある青年が言った。


「いや、そうだ。星が動くなんてありえない。動いているんじゃなくて、あの星が大きくなっているだけなんじゃないか」


『そうだ、その通りだ。なら星は、落ちてはこないんだ』


 その青年の話を聞いて、皆は安堵して自分達は生き残ったんだと、大いに喜んだ。人々は元の場所へと戻り、やれ祭りだ、宴だと、それぞれが勝手に騒いでは日々を謳歌する。


 しかし、その宴の最中、酒に酔った老人が、驚いた様子で椅子から立ち上がった。


「待ってくれ。星が大きくなり続けたら、どうなるんだ。そうだ、爆発するんじゃないのか。そうしたら、空から星の欠片が降って来るぞ」


『そうだ、間違いない。大変だ、地下へ隠れよう』


 誰が言ったのか、今度は皆は一斉に地下へと逃げ込んだ。穴を掘り、下へ下へと逃げては、真っ暗な世界で不安に震えた。酸素が無くなり、食料も底をつき、ここでは多くの人が飢えと絶望で命を落とした。


 だが、いくら待っても星の欠片は降ってはこない。


 そうしていると、絶望と飢えで苦しみ、意識の混濁した少女が呟いた。


「待って……。あの星が大きくなっているんじゃなくて、この星が小さくなっているんじゃないかな」


『なるほど、そうだ。あの星が大きくなっているんじゃない。この星と自分達が小さくなっているんだ』


 少女の消え入りそうな声に、誰かが答えた。


『そうだ、その通りだ。だったら、ここから出なければ。小さくなっているのなら、ここにいたら大変だ』


 皆は急いで地上へと這い出した。小さな出口を目指しては、人を押しのけ、倒れた人を踏みつけ、誰かの腕や足を引っ張り。誰もが我先にと地上を目指し、その結果、地下にいた半分の人々が地上へと辿り着く前に、命を落とす。


 生き残った僅かな皆は、自分達は神に選ばれたと、喜びに満ちた顔で胸を張った。生き残った自分達を称賛しては、消えていった人々がいることを忘れていった。


 皆、各々が自分達は幸運だ。自分達は強者だと口にする。


「いや、待ってくれ。このまま星が小さくなったら、どうなるんだ。住む場所が無くなってしまうんじゃないか」


 そんななかで、ある初老の男が口にした。


「ちょっと、待って。そもそも小さくなったら、星が消えてしまうんじゃないの」


 その初老の男の話に、側にいた女性がそう返す。


『いいや、女の言っていることは嘘だ』


『いやいや、男の言っていることは間違いだ』


 そこで初めて、二人の言葉に皆は、言い争いを始めた。罵倒し、殴り合い、それでも各々が意見を変えることなく、一方をただ否定し続ける。


 そんななか、一人の少年が、こんな言葉を口にした。


「ねえ、何で皆は喧嘩をしているの?」


『間違っているからさ。正しいのはこっちの方だ』


 少年の言葉に、真っ二つに分かれた皆は、それぞれがそう口にした。




 少年は皆の顔を見渡して、難しい顔で呟いた。


「へえ、そうなんだ。じゃあ、正しいっていうのは、誰が確かめたの……」

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