第14話 ケプロシア島沖海戦

西暦2025(令和7)年3月1日 ケプロシア本島南西部 パホス海岸


 旧東シナ海の中央に位置する島国、ケプロシア王国は、北海道の2倍程の面積はあるケプロシア本島を中心に、幾つもの小島で構成されている。


 貴金属や希少土類レアアースのみならず、海底油田の開発によって利益を得始めていたこの国は、元々から良質な金銀の供給源としてヘレニジア連邦共和国に注目されており、たびたび技術供与やインフラ整備の協力をちらつかせて最終的な併合を目論んでいた。


 しかし、日本国の転移によって状況は一変した。領土的野心を持たず、対等な貿易関係によって適切な利益をもたらそうとする日本の姿勢を評価したケプロシア政府は、征服の野心を隠そうともしないヘレニジアとは距離を取るスタンスを見せ、彼の国の怒りを招いていた。だがそんなことなどケプロシア王国からすれば些事であった。


 国交樹立から僅か3年程ながら、ケプロシア王国軍は必要最低限の近代化を進めており、新規開発された車体に16式機動戦闘車の砲塔を載せた23式軽戦車や、73式装甲車の後継として開発されていた22式装甲車からなる機甲連隊に、海上保安庁の巡視船を改造したコルベット艦、そして〈LA-1〉軽攻撃機といった現代兵器を多数有していた。そのため、侵攻序盤は遅滞戦闘に成功し、市民を北東へ避難させる事に成功していたのである。


「ケプロシア軍からの情報では、ヘレニジア軍は港湾都市パホス近郊の海岸に橋頭保を築き、港湾部を占領。現地の設備を使って陸上戦力の揚陸を行っているそうです」


 ケプロシア本島南東の海域に展開する海上自衛隊第1護衛隊群、その旗艦「いずも」の艦隊司令部施設にて、艦長の石原いしわら一等海佐は艦隊司令の伊藤いとう二等海将に報告を上げる。


「連中はすでに陸軍戦力を幾分か揚げているか…陸上と連携を取られたら厄介この上ないな」


「まずは水上戦力の殲滅に力を入れましょう。相手には航空戦力がありません。ここは接近して主力艦を対艦ミサイルで殲滅し、確実に殲滅しましょう。この場で確実に撃破すれば、制海権を得る事も難しくはありません」


 偵察衛星を用いた入念な確認と、潜水艦の強行偵察により、敵艦隊は巡洋艦3隻と駆逐艦6隻、輸送艦数隻で構成される水上機動艦隊であり、航空母艦は確認されていない事が判明している。であればここは強気に攻めて必勝を目指すべきだろう。


「相手は我が国を侮っております。その偏見を覆す勢いで勝利を手にしていきましょう」


「うむ…」


 決断は下された。8隻の護衛艦は速力を上げ、敵艦隊に接近。相手のレーダーにもその動きは捉えられただろうが、相手がどの様に攻撃してくるかは分からないだろう。


「距離2万、敵艦隊に動きは見られず」


「よし、一気に決めるぞ。SSM、発射」


 命令一過、7隻より14発の艦対艦ミサイルが発射。水平線を這う様に飛翔し、敵艦隊に迫る。そのミサイルは数分で敵艦隊の間近にまで辿り着き、そしてようやく見張り員に視認された。


「なんだあれは!?」


 水兵の一人が叫んだが、時すでに遅く、瞬時に7隻に直撃。轟音とともに火柱が聳え立つ。


 生き残った艦艇は混乱状態に陥っていたが、護衛艦は接近。艦砲射撃で生き残った艦艇に打撃を与えていく。5インチ単装速射砲の高い連射力がもたらす砲弾の驟雨は、反撃を試みた駆逐艦の上部構造物を破壊し、損害を拡大していく。


「そんな…海軍の第3艦隊が、瞬時に壊滅しただと…」


 パホス市内の陸軍基地より、艦隊の惨状を目の当たりにした将軍は絶望の表情を浮かべる。だが彼らの悲劇はこれからであった。


「ケプロシア王国軍の助けをするぞ。砲撃開始、降伏にまで持ち込む」


 たちまちのうちに5インチ砲弾の驟雨が降りかかり、市街地を占領していた連邦軍は壊滅的な打撃を受ける。もはや彼らが敵う筈もなかった。


 斯くして、ケプロシア島沖海戦は日本側の勝利で幕を閉じた。日本側の損害が皆無な一方で、ヘレニジア軍は第3艦隊が全滅し、陸軍も司令部が壊滅。ケプロシア王国占領作戦は失敗に終わる事となったのである。


・・・


翌日 首相官邸地下 危機管理センター


「海上自衛隊第1護衛隊群はケプロシア王国に侵攻していた敵艦隊を撃破し、制海権を奪還。見事な勝利を収めました」


「反撃は上手くいきましたね…ですが、問題は山積しています。現時点での被害状況は?」


「敵機械化歩兵部隊との交戦により、装輪装甲車は10両近くが損傷。死者は凡そ20名程度、負傷者は100名余りを数えるそうです。海上戦力では目立った被害は確認されていませんが、航空戦力では軽攻撃機3機が対空砲火を浴びて損傷したとの事です」


「流石に損害は出てきますか…ですが、ヘレニジアに対して十分な打撃を与える事には成功しました。彼の国はすでに禁忌を犯しております。物理的に戦闘を継続できない状態に陥るまで攻勢を仕掛け、然るべきタイミングで講和を結びましょう」

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