第13話 第2師団、奮戦せり

西暦2025(令和7)年2月22日 トルキア自治区西部 国境地帯


 ケーサンが自衛隊に奪い返され、3個師団が猛烈な反撃を食らって追い出されたという情報は、補給線上にある街道を防衛していた新生トルキア陸軍第2師団の野戦司令部にも届いていた。


「第1師団は壊滅、第二王子殿下も戦死なされた…!」


「どうしますか、姫様?このままでは我が軍は瓦解してしまいます」


 味方の大敗に衝撃を受け、多くの将官が浮足立つ中、セリアはテーブルに敷かれた地図を睨む。2月中旬時点でトルキア西部には七つの駒が置かれ、順調に国土奪還を進めていた事を資格情報としてもたらしていたが、今は違う。ケーサンに置かれていた三つの駒がすでに盤上より排除され、代わりに一回り小さい駒が撤退中の残存兵として表現されている。


 偵察機が決死の覚悟で得た情報によると、ニホン軍は師団規模の部隊を三つ、主要街道が通る市街地に旅団規模を三つ、計六つの部隊を展開しており、まず旅団規模の部隊が高い機動力で市街地に急行し、占領部隊を瞬殺。それに続く形で師団規模の部隊が前進し、戦線を西へ押し上げる。しかも師団は複数の戦闘団に分散しているため、敵旅団へ反撃を試みた部隊は必ず複数の戦闘団に挟撃されて叩きのめされる有様であった。


「第1師団の残存部隊に直ちに連絡。これより我が第2師団の指揮下に入り、敵の突撃阻止を遂行せよ。このままではヘレニジア陸軍に甚大な損害が出ます。隣国に多大な迷惑を掛けた分、妾たちの命を以てその償いをするのです。であれば妾たちトルキアの民の祖先たちに対しても、胸を張って誇る事が出来ましょう」


「…御意に、殿下」


 決断は下された。伝令が大急ぎで残存部隊に向かい、ヘレニジア陸軍主力の撤退支援のための戦闘が準備される。その様子は自衛隊も知るところとなった。


「敵軍、国境線上の一地点へ集結を開始。籠城を決め込む模様です」


「相手にも中々に胆が据わった者がいる様だな。第22旅団に対応を任せよう。我らはこのまま、ヘレニジア領内へ侵入し、完全に敵軍を掃討する」


「」


・・・


 陸上自衛隊第22旅団は、公式にはアメリカ陸軍のストライカー旅団を参考にした機械化歩兵旅団と言われている。


 しかし実際には、その編制内容や戦術ドクトリンは、アメリカ陸軍や陸上自衛隊の主敵たるロシア陸軍の独立自動車化狙撃旅団に似たものとなっている。その編制は3個戦車中隊で構成された戦車大隊が1個に、96式装輪装甲車の後継たる23式装輪装甲車を移動手段とする普通科大隊が3個、23式自走りゅう弾砲を有する特科大隊が1個、その他部隊も含めると、2000人程度の隊員と44両の戦車、300両以上の装輪装甲車に18両の自走砲で成り立っていた。


 旅団と呼ぶには心許ない兵員数であるが、戦場を迅速に移動し、連続した強襲にて敵軍を崩していく戦術を達成するには丁度いい規模であった。何より戦車の火力や砲兵の機動力では日本が上回っており、第17師団と連携して動けば敗北などあり得ぬ事であった。


「全車、突撃せよ。我ら機動旅団の誉を見せつけてやれ」


 旅団長を務める田村たむら三等陸将はそう命じ、10式戦車はディーゼルの轟音を立てながら森林へ突入。それに合わせて装輪装甲車より降りた自衛隊員が続き、戦車を複数名で囲みながら草木をかき分ける様に進む。


 とその時、戦車の砲塔側面に砲弾が直撃し、甲高い金属音を立てながら跳ね返される。やや遅れて砲塔が旋回し、砲弾が飛んできた方向に指向。普通科隊員が離れて地に伏せた直後に発砲した。


 砲弾は複数の木々を砕き、空振りに終わった事を知らしめる。しかし間髪入れずに複数の砲弾が降りかかり、着弾。砲弾の多くは樹木にさえぎられたものの、自衛隊側に大きな動揺を与えるには十分すぎる程の攻撃であった。


「一時後退!後退!」


 展開位置はすでに相手に悟られている。集中砲火を浴びる前に離れなければ、犠牲が生じるだけであった。


 だが、森林地帯での待ち伏せを察するタイミングが悪すぎた。その頃には第2師団隷下のC48戦車の集団は主力部隊の後背に回り込んでおり、普通科隊員を降ろしながらゆっくりと森の中へ足を踏み入れる装甲車の背後を捉えていた。


「撃て!」


 命令直下、89ミリ砲弾が飛翔し、23式装輪装甲車の後部に直撃。やや遅れて複数の砲弾が殺到し、多くの車両が不意打ちをもろに食らったのである。


「反撃だ!急げ!」


 新たな命令が下り、少数の10式戦車が大急ぎで後退。奇襲を仕掛けてきた敵戦車の迎撃に向かうも、C48の集団は木々に隠れ、再度襲撃や茂みに隠れての狙撃など、ひたすらゲリラ戦に徹する。


 とはいえ、機動力や単純な連携能力の高さは日本側の方が有利であり、第22旅団は第17師団と協力して敵軍を包囲。戦車主体の突撃部隊は特科部隊の砲撃や航空自衛隊の〈A-1〉軽攻撃機の爆撃で追い詰めていく。


 斯くして、トルキア王国陸軍第2師団は第17師団及び第22旅団との戦闘にて、総戦力の7割を失う損害を受けて壊滅。しかし陸自戦力の一部が誘引された事により、反攻の足並みが乱れ、ヘレニジア陸軍の多くが自国領内への撤退に成功したのである。


・・・


2日後 イスタビア郊外 陸上自衛隊トルキア方面隊司令部


「総監、連れてまいりました」


 戦闘から2日後の2月24日、田代は捕虜の数名をイスタビアへ招いていた。


「お初にお目にかかります。私が指揮官を務める田代と申します」


「…トルキア陸軍第2師団長のセリアでございます。まさか、この様に生き恥を晒す様な事になろうとは、思いもしませんでしたわ」


「貴女の様なご令嬢の口から、その様な発言が出てくるとは…中々に驚きます」


「それにしても、何故貴方がたは妾たちを奴隷にしないのですか?勝者の権限を放棄している様なものではないですか」


「それは我が国における勝利の定義が貴国と異なるから、ですよ。他者の尊厳を汚してまでも得る勝利は、結局のところ名誉になりませんから」

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