第12話 西部戦線②

西暦2025(令和7)年2月21日 トルキア自治区西部 ケーサン近郊上空


 白い雲が点々と浮かぶ午前の空に、ターボファンが響く。戦争開始から1週間が経過し、日本は逆襲を開始しようとしていた。


「アウル1よりグリフォン各機、敵機の排除を確認。デリバリーとともに強襲を開始せよ」


 遥か高空を舞う〈EP-1〉早期警戒機より、第10航空団第101飛行隊に属する〈F-15J〉戦闘機に報告が入る。先行する機の手によって哨戒機が排除され、10機の戦闘機は10機の〈A-1〉軽攻撃機とともに西進を続けていた。中国や韓国本土、そしてロシア本土という脅威がなくなった現在、日本本土に展開していた飛行隊の幾つかはトルキアへ移されており、台湾と共同開発する次期防空戦闘機や、〈F-35A〉を参考にした新型マルチロール戦闘機の生産が始まるまでのつなぎとして運用されていた。


「グリフォン1了解。ダンスパーティを始めるぞ。デリバリーは予定通り、宅配を遂行されたし」


「デリバリー1、了解」


「よし、掛かれ」


 隊長の命令一過、10機は大慌てで離陸してきた敵戦闘機をレーダーで捕捉。そして一斉に空対空ミサイルを放つ。転移後に民生品を多用して生産コストを下げた国産空対空ミサイルである23式空対空誘導弾は、マッハ3という超音速で、P-51〈マスタング〉戦闘機に酷似したレシプロ戦闘機に迫る。攻撃に気付いた敵機は回避を試みるも、時速600キロのチャフもフレアも持っていないレシプロ機が逃れられるわけもなく、僅か1分後に爆発四散していく。


「全機、撃墜を確認」


「グリフォン各機、さらなる敵機の反応を確認。かなり速い」


 〈EP-1〉からの報告が届き、〈F-15J〉パイロットたちは真正面を見据える。そして幾つもの敵機が高速で接近してくるのを確認し、回避行動を行う。敵機とすれ違う直前に幾つもの光弾が掠め、パイロットの一人は胆を冷やした。


「くそっ、今度はジェット機か!」


「侮るなよ、先程のレシプロ機よりも圧倒的に速い!」


 敵機の第一撃を回避した10機は身を翻し、敵機の背後に付き始める。新たな敵戦闘機はF-86〈セイバー〉に酷似したジェット戦闘機であり、速度は先程ミサイルで瞬殺したレシプロ機よりもずっと速い。


 実際、格闘戦では日本側も常にマッハ2で飛んでいる訳にはいかなかったため、旋回性能では上回る敵ジェット戦闘機に手こずる事となった。空対空ミサイルを用いて一撃で撃墜する事が出来たが、先に交戦したレシプロ機の撃墜で消耗しており、短距離空対空ミサイルと機関砲での肉薄戦を余儀なくされた。


 転移後の経済環境を考慮して、民生品の多用や性能低下を甘んじてのコスト低下が施された22式空対空誘導弾は、性能低下のために発射直後に故障する事が多く、此度の戦闘では能力の低下に影響を及ぼしていた。


 そうして敵戦闘機との格闘戦が繰り広げられる中、〈A-1〉は市街地近郊の連邦軍陣地に接近。各所から対空砲火が撃ちあがる中、主翼下のハードポイントに搭載している多連装ロケット砲を発射。広域に打撃を与える。


 一度に10発以上放たれるロケット弾の驟雨は、塹壕に身を伏せる兵士はもちろんの事、半円形の土塁で車体を隠す装甲車両をも貫き、爆発。完全破壊していく。さらに西の空に目を向ければ、敵機の出所であるヘレニジア領内の飛行場に〈B-1〉爆撃機の編隊が展開。護衛役の〈F-15J〉戦闘機が敵迎撃機の相手をする中、滑走路や格納庫に向けて227キロ爆弾を投下していく。




・・・


「空自の連中が、予定通り口火を切った様だな…」


 真上で幾つものジェット機が飛び交う中、地上より様子を眺めていた栗原は、指示を出すためにマイクを手に取る。


「師団各部隊、突撃準備。対地攻撃が行われた直後に前進を開始。反攻に転じよ」


「爆撃を確認。敵部隊に混乱の様子あり」


「突撃。突撃せよ。ケーサンに足を踏み入れた愚かな軍勢に、裁きを与えよ」


 命令一過、楔型陣形パンツァー・カイルを組む10式戦車の中隊を先頭に、22式装甲車で構成される機械化歩兵部隊が随伴。先の空爆でダメージを受けていた敵軍に迫る。


「き、来たぞー!来たぞーっ!!!」


「迎え撃て…!」


 ヘレニジア陸軍の将兵や、トルキア陸軍の将兵で生き残った者は、野砲の直射や重機関銃の苦し紛れの銃撃で突撃を耐え忍ぼうとしたものの、迂闊に姿を現した者は野砲もろとも120ミリ多目的榴弾HEAT-MPに吹き飛ばされ、主砲同軸機銃に薙ぎ倒される。


「おのれ、ニホン軍め!戦車部隊、突撃!こちらも装甲車両で返り討ちにするのだ!」


 サルマン王子はケーサン中心部の城塞より指示を発しつつ、基地へ急行。そして数十両のC48中戦車を引き連れて迎撃に向かう。M26〈パーシング〉重戦車に酷似したその戦車は、ヘレニジア陸軍が主力とするC60重戦車の一世代前の戦車であり、89ミリカノン砲で武装した本車はリントブルム程度の魔獣を容易く破砕できる程の能力を持っていた。


 しかし、125ミリ滑腔砲との撃ち合いを想定して設計されている10式戦車に通じる筈もなく、砲弾は全て跳ね返され、お返しに放たれた装弾筒付翼安定徹甲弾APFSDSはC48の砲塔を抉り取った。


 さらに後方に控える23式自走りゅう弾砲が155ミリ榴弾を投射し、敵装甲車両や塹壕に甚大な被害を与えていく。


 斯くして、第三次ケーサン攻防戦と呼ばれる事になる戦闘にて、陸上自衛隊第17師団はトルキア陸軍第1師団とヘレニジア陸軍第14歩兵師団を撃破。後方に控える第21戦車師団も、〈A-1〉の襲撃を受けて壊滅したのである。

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