第11話 西部戦線①
西暦2025(令和7)年2月16日 トルキア自治区西部 ケーサン市より東に30キロメートル地点
広大な平原に築かれた陣地にて、数百人の自衛隊員が身を寄せ合い、携帯食料で食事を摂る。戦争が始まって僅か2日、陸上自衛隊第17師団は敵軍の突撃に対し、地雷原の敷設や特科部隊の支援砲撃、そして対戦車ヘリコプター部隊の強襲によって敵軍の突撃スピードを遅らせ、ある程度の余裕をもってケーサン東部郊外へと退避する事に成功していた。
敵の戦車は、かつて冷戦時代初期にアメリカ陸軍が運用していたM26パーシング重戦車に酷似しており、M113装甲兵員輸送車に似た装甲車両を引き連れて突撃してくる様子は圧巻の一言であった。対する陸上自衛隊の機甲戦力といえば、新規に製造された10式戦車がメインであったが、余りにも数が多すぎた。
だが今はマシな状況に持ち込めている。街道を挟む森林地帯には、01式携帯対戦車誘導弾や84ミリ無反動砲を背負った隊員が潜み、街道の強行突破を図った敵戦車を討ち取っていた。そしてここの様な草原が広がり、遮蔽物となる様な樹木や建物の存在しない平野においては、塹壕を掘って退避壕も設け、その際に生じた土砂で土塁を築く事で、野戦に対応した陣地を拵える事が出来た。無論、従来の施設科が持つ装備のみならず、亜人族出身の隊員の土操作魔法もあってこそ成し得た野戦築城であるが。
「しかし、今回は戦争の展開がやけに早いよな。たった2日でケーソンを捨てる事になるなんてよ」
塹壕の側面に掘られたトンネルに築かれた食事スペースにて、隊員の一人はそう言いながら、シチューのレーションを口に運ぶ。日本人が魔法を知って僅か数年ながら、日本語とともに日本の生活様式を知った魔法使いは、現代日本の生活に役立つ魔法と関連技術の開発に勤めており、冷凍食品の分野においてその成果を発揮していた。
あらかじめ魔力を仕込んでおいた術式に、魔石を使った作用で効果を発動させる、魔導レトルトは、亜人族出身の魔法使いが生み出した偉大な発明品の一つであり、電子レンジが無くとも術式でパック内の食品を加熱し、直ぐに熱々のシチューやカレーを食べる事が出来る様になっていた。
実際、第17師団の様な、厳しいシゴキを経験せずに自衛隊に入隊した者たちで構成された部隊は、加熱されていないレトルト食品やパックご飯を、冷たいまま食べるといったやり方に慣れていない者が多いため、この魔法は食事から士気を維持するのに役立っていた。
「とはいえ、本州の方も直ぐに動いてくれている。上官からの話だと、北部方面隊や中部方面隊からも増援を抽出し、こちらに充ててくれるそうだ。第22から24旅団も展開を開始しているそうだし、1週間以内には押し返せる筈だろう」
トルキア王国との戦争後、本州に配備されている師団及び旅団は、全てが有事には戦場へ集中展開できる様に機動化が施される事となったが、既存の部隊の運用を変えるのはそう容易くはない。そのため、最初より機動運用を目的とした部隊の編制が求められ、2021年度予算にてトルキア自治区の防衛を担う6個師団とは別に、平時は本土にて待機し、有事には増援として直ちに急行する3個機動旅団が編制された。
この機動旅団の特徴としては、日本初の装輪戦車として名高い16式機動戦闘車と、小杉製作所やタカタ自動車、極産モータースが共同開発した22式装輪装甲車を有する3個即応機動大隊を中心に、10式戦車を中心とした戦車大隊、そして22式自走りゅう弾砲を有する特科大隊やその他部隊で構成された諸兵科混成部隊であり、ロシア陸軍の独立自動車化狙撃旅団に類似していると言われている。
元から交通インフラが劣悪な上に、魔法で容易にタイヤ殺しの地質と化すトルキア自治区において、装輪車両の有効性には疑問符が付きまとっているが、機動旅団が輝く戦場は基本的に市街地か、整備が行き届いた街道での戦闘であるため、装軌式車両を主軸とした地域配備型師団との棲み分けが図られていた。
「ともかく、今はここで耐え忍ぶのが俺たちの今の任務だ。手痛いしっぺ返しを決めるために、ここは耐え忍ぶぞ」
・・・
「流石でございますな、サルマン王子殿下。野蛮なるニホンの軍勢を瞬く間に蹴散らし、このケーサンを奪還致しました。この調子であれば連戦連勝は間違いなしでしょう」
ケーサン市中央部の城塞にて、ヘレニジア陸軍とトルキア陸軍の将校たちは盛大な祝賀会を行っていた。この時点でヘレニジア・トルキア連合軍は国境線を東に押し上げており、補給線も街道を利用する事で直ぐに確保できていた。
さらに補給を円滑にするべく、工兵部隊の手によって鉄道の敷設が進められており、今後の作戦もやりやすくなるだろう。
「とはいえ、これは国土奪還の一歩に過ぎない。我らはより多くの兵力によって積極的に攻勢を仕掛け、全てを取り戻すのだ!」
『偉大なるトルキアに乾杯!』
参加者の多くがグラスを天高く上げる中、将校の一人がサルマンに尋ねる。
「にしても、セリア王女殿下は参加されていないのですな」
「あ奴は後方支援に専念するそうだ。宴を開くのはイスタビアを取り戻した時まで自重すると言っておる。欲のない奴め」
・・・
西暦2025年2月17日 イスタビア市 陸上自衛隊司令部
ケーサンより東に200キロメートル以上の地点にあるイスタビアの陸上自衛隊駐屯地では、田代らトルキア方面隊司令部が作戦会議を行っていた。
「現在、敵軍はケーサン市に駐屯し、スローペースで展開を進めているそうです。まぁ、国境に沿う様に波となって迫るのですから、足並みを揃えたいのでしょうな」
「呑気な事だ。とはいえこちらにとって好都合であるがな。我が方の展開状況は?」
田代の問いに答えたのは、第17師団を率いる
「現在、第17・18・19師団が長大な防衛線を維持しながら後退しており、これ以上の敵の侵攻を食い止めております。それに第22・23・24旅団が加われば、反攻は十分に成せるかと存じます」
「だが、戦場は三次元で考えねばならない。海自や空自の支援も必要だ。先の攻勢で相手は航空支援を用いる事で積極的な攻勢を成し得た。こちらも同じ戦力に海の支援を加える事で倍返ししてやろうではないか」
2025年時点の自衛隊は、装備が大きく変化していた。陸上自衛隊は新たな装軌式装甲車両を複数開発・生産していたが、海上自衛隊や航空自衛隊も同様に、求められる戦闘に適応した装備を開発・生産していた。
まず、イスタビアを拠点とする海上自衛隊第5護衛隊群は、15.5センチ三連装砲を4基搭載したあさま型護衛艦を2隻有しており、他の護衛艦も沿岸部での対海棲生物戦や翼竜迎撃を考慮して、ミサイルのみならず機関砲や速射砲を複数装備したものが配備されていた。
さらに第10航空団には、〈P-1〉哨戒機の派生型である〈B-1〉爆撃機や、〈X-2〉実験機をベースに開発された〈A-1〉軽攻撃機が配備されており、反攻作戦ではこれらの新型機も多数動員される予定であった。
「それにヘレニジア軍は、ケプロシアでも軍事行動を始めています。沖縄に襲撃を仕掛けたのは、ケプロシアへの侵攻を邪魔されない様にするための妨害でしょう。現に増援は那覇での救難活動と『裏切り者』の摘発に忙しくなっておりますし」
那覇が炎に包まれたその翌日、ヘレニジア海軍艦隊は輸送船団とともにケプロシア王国の港湾都市パホスに襲撃を行い、これを占領。橋頭保を得た連邦軍は侵略を進めたのである。そして沖縄本島はというと、生存者たちの醜い責任転嫁の嵐が吹き荒れているという。
「迂闊に売国を目論んだ愚か者は放置するとして、今は反攻作戦だ。バレンタインデーに多くの邦人を殺めたその罪、必ずや彼らの生命で晴らせてもらうぞ」
『了解!』
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