第10話 バレンタインの虐殺
西暦2025(令和7)年2月14日 沖縄県那覇市
その日、沖縄県内は異様な空気に包まれていた。県庁所在地の那覇市内では数千人規模での自衛隊の増強に対する反対デモが行われており、警察も慎重な監視と警戒を行うも、彼らの反体制的な動きを真面目に取り締まろうという気概が見られなかった。
「一体、何が起きているんだろうか…」
那覇駐屯地の司令部庁舎にて、陸上自衛隊第15旅団を率いる
「デモ隊は主に正面玄関を塞ぐ形で展開しており、しかも県庁から常に外出の許可と記録を取って報告する様にと、無茶苦茶な命令を出されています。おかげで隊員の不満は高まるばかりです」
「在日米軍の多くがグアムへ移動したのをいいことに、調子に乗っているな…だが、何故今になって、こんな露骨な嫌がらせをしてきたんだ?」
確かに中国という脅威はないとはいえ、南には先島諸島の帰属先で揉めていた台湾がいるし、不審船も最近はこの近くに現れる様になっている。そういった脅威に対応するために、第15旅団はその規模が維持されていた。横須賀の第7艦隊主力以外の在日米軍も、アメリカ合衆国唯一の領土となったグアムや北マリアナ諸島を守るために日本から離れていた。
「とはいえ、こうも嫌がらせが続くと、気がまいるな…一刻も早い解決が望まれるが…」
大見がそう呟いたその時、那覇空港の方角より爆発音が響く。そして隊員の一人が血相を変えながら飛び込んできた。
「た、大変です!那覇飛行場にて爆発事故が起こりました!さらに群衆が勝手に敷地内に入り始め、占拠を試みております!」
「何だと…警察は何をやっていた!」
急転する事態に、大見は驚愕を露わにする。しかし状況は目まぐるしく変わり始めていた。
「軍事施設をぶっ壊せー!」
「戦争を出来なくしてやれー!」
敷地に侵入した市民団体は角材やパイプ管を手に敷地内になだれ込み、警務隊の警告射撃にも応じずに突撃。そしてその場にあった備品を壊し始めた。止めに入った
騒動が始まって2時間が経ち、航空機を使った哨戒が満足に出来なくなる中、洋上に数隻の軍艦が出現。そして市民らが占拠を試みている那覇駐屯地に砲口を向けるや否や、一斉に砲撃を開始したのである。
まさに無慈悲そのものであった。後に判明した事であるが、那覇での騒動を引き起こしたのは親中系の政治団体や本国と途絶した工作員にそそのかされた県知事と、全ての責任を本州に押し付けたい県庁の官僚たちであった。親中系政治団体は在日米軍が沖縄から撤収した時期を見計らい、県知事を傀儡とする独立政権を築いて日本より分離独立、中国人のための平和を謳歌しようと、極秘裏にヘレニジア連邦共和国の諜報員と接触し、蜂起を扇動していた。
この時の内務省の関心は、トルキア自治区と距離的に近い九州に集中しており、沖縄はほぼ放置している状態にあった。沖縄の戦略的価値は相対的に低下していたがために、左派の政治団体は容易に沖縄の離反を引き起こす事に成功したのだが、それが招いたのはヘレニジアの無慈悲な暴力であった。
船舶の行動自体は人工衛星で把握できるものであるが、常時警戒するには数が足りていなかった。ごく少数の艦隊で接近し、最優先目標ではない筈の沖縄本島に対して砲撃を仕掛けてきた敵艦隊に対して自衛隊は無力であった。
第二次世界大戦時にイタリア海軍が有していた軽巡洋艦や駆逐艦に酷似した艦艇は、矢継ぎ早に152ミリ砲弾と127ミリ砲弾を投射し、基地施設を破壊していく。現地には多くの市民団体もいたが、砲弾は彼らにも襲い掛かった。
「馬鹿な、まだ避難していないというのに!」
事前に相手の工作員からの話で、基地を占領して幾つかの設備を破壊し、水平線上に船影が見えたら旗を振って合図する様に打ち合わせていた政治団体は絶望した。旗を振った後、彼らは市街地の方へ退散する予定が、相手にいきなり覆されたのだから、無理もない。
そして砲撃は市街地にも及び始めた。ビルが一撃で半壊し、道路上には大量の瓦礫や人『だったもの』が散らばり、アスファルト敷きの黒い道路は赤く染まっていく。市民らは先程まで蛇蝎のごとく嫌っていた自衛隊に図々しく助けを求める間もなく、砲弾の炸裂に吹き飛ばされ、ロケット弾の驟雨を浴びて火だるまになっていく。
迎撃を試みた海上保安庁の巡視船は、駆逐艦が砲撃で対応する。10センチ口径以上の艦砲と最大でも30ミリ程度の機関砲では大した撃ち合いにすらならず、一方的に巨砲に八つ裂きにされていく。さらに魚雷が放たれ、数千メートルで直撃を食らって真っ二つにへし折られ、海底に沈んでいく。
20分後、那覇を火の海に変え、全ての巡視船を物言わぬ残骸へと変えた艦隊は舵を切り、その場を離れていく。自衛隊駐屯地のみならず沖縄県庁や那覇市役所にも砲弾が直撃し、生き残った市民の多くは絶望の表情を浮かべる。
・・・
「連邦軍司令部より発令。直ちに攻勢を開始せよ、との事です」
トルキア王国陸軍第1師団の野戦司令部にて、指揮官を務めるスレマン第二王子は小さく頷く。彼が率いる第1師団は、トルキア陸軍で唯一の機甲師団であり、300両の戦車と4000名の機械化歩兵で構成される。装甲車両含む自動車の運転手の多くは元騎兵であり、騎馬やリントブルムから装甲車両に乗り換えた者が圧倒的に多かった。
「ついに、動き出すか…全車、前進開始」
命令一過、500両以上の装甲車両がディーゼルエンジンの合唱を響かせ、森林より姿を現す様に前進を開始する。同時に後方に位置する砲兵部隊が、最前線に向けて砲撃を開始し、多数の203ミリ砲弾と152ミリ砲弾が降り注ぐ。そして塹壕に幾つもの土ぼこりが舞い上がった時、戦車群は一斉に砲撃を開始した。
・・・
翌日 日本国東京都
「まさに相手は、こちらの不意を突いてきたな…」
「菅原総理、入室します」
「現在の状況を教えて下さい」
「現在、ヘレニジア陸軍はトルキア自治区西部に侵攻し、ケーサン市に攻撃。市民の多くは事前の避難指示によって東方へ逃れる事が出来ましたが、第17師団はケーサン市に留まり、1日程の戦闘を経て後退を開始しました」
「そうですか…戦線は広域です。遅滞戦闘で時間を稼ぐ事を重視する様に、トルキア方面隊に伝えて下さい。そして本州配備部隊は直ちにトルキア自治区へ展開を進めて下さい」
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