第7話 更なる歩みのために

西暦2021(令和3)年1月11日 日本国東京都


 転移から1年が経ったこの日、首相官邸地下の内閣危機管理センターでは、この年最初の国家安全保障会議が執り行われていた。


「現時点で我が国と国交関係にある国は、台湾、ロシア連邦サハリン州、大韓民国済州島政府、アメリカ合衆国グアム島政府の4か国です。そのほかには5か所の国・地域に対して接触を行っておりますが、今のところ国交樹立交渉にまで至っているのは1か所だけです」


 外務大臣の報告を聞き、内閣総理大臣に就任したばかりの菅原はため息をつく。大半の海外資産が吹き飛び、燃料もサハリンの天然ガスや石油、北陸の僅かな油田に頼る他なく、食料は米以外の穀物が悲惨な状況に陥っている中、男女共同参画に掛けていた予算を廃して農家支援に充てる事で、第一次産業に従事する者たちからの反発を回避していた。


 この問題を解決するべく、広大な穀倉地帯と豊かな畜産業を有するトルキアを占領し、大量の小麦と畜産品を日本国内に供給しているのだが、やはり経済を転移前に立て直すためには、主力商品たる工業製品を買ってくれる国を増やすしかない。だが東にある国々の多くは、コロンブスが到達する以前のアメリカ大陸に近しい地域であり、国と呼べる様な存在は少なかった。


 では南北はどうか?グアム近郊にて島嶼国家が確認されると、政府は直ちに外交官を派遣。トルキアより北の地域にも、遊牧民国家が確認され、どうにか交渉を進めている。だが対等な関係で交流を持てそうな国・地域は今のところ確認できないのが実情であった。


「そして西のヘレニジア連邦共和国ですが、やはり我が国の事を新興国だと侮っている模様であり、いきなり不平等条約を突きつけてきました。恐らくトルキア王国に対しても同様の条約を押し付け、影響力を有してきたのでしょう」


「つまり、台湾とアメリカ以外、まともに接してくれる国が無いと言う事ですか…とはいえ、ただ手をこまねいている訳にもいきません。トルキアの開発状況はどうなっていますか?」


 菅原の問いに答えたのは、特命大臣としてトルキア自治区の行政官を任された北条考次郎ほうじょう こうじろうであった。2000年代初頭の首相を父に持つ彼は、当初は力量に疑問視が付けられていたものの、社会インフラの整備とまともな教育機関の設立による識字率の向上、農業組合の設立と農機具の供与による生産効率の向上といった手堅い功績を上げ、そこそこ信頼を得ていた。


「現在、トルキア自治区では新たに居住区単位で評議会を設立し、それらの評議会で上げられてきた意見を高等弁務官事務所で検討し、彼らの求める政策へと反映しております。そして産業としては農業を中心にしており、各所で生産された農作物や畜産物を我が国へ輸出しており、その利益はしっかりと現地住民に還元しております」


 最初は日本側からの支給品に抵抗を見せていた者たちであったが、清潔な真水が供給される様になり、夜も常に明るい状況を得られる様になれば、現代科学の恩恵に与る事のメリットを重視する様になる。そして彼らが抱える不満も、評議会で討論した上で意見状を出せば大抵は解決するし、最近では独学で日本語と文字を学ぼうと努力する者も現れたという。いずれは高等弁務官の専制政治体制から、トルキア独自の議会による共和政治へとシフトする事となるだろう。


「ともあれ、我が国はより広範囲に進出を進め、新たなる国際関係を築き上げていかねばなりません。地球世界に戻る道筋が見えない以上、今の世界で生き抜く術を磨いておきましょう」


「それについて、私よりご報告がございます」


 北条が挙手し、説明を始める。


「先のトルキア王国軍との戦闘にて、自衛隊は魔法に苦しめられました。ですがトルキアでの農業で魔法が土壌改善に用いられている様に、こちらに対して有益な影響をもたらす可能性があります。ですので現在、現地にて基礎研究を開始しており、特命大臣の権限で予算を申請しております。魔法に関する研究の公式承認をお願いします」


「成程…分かりました。どのみち現地住民との交流では避ける事の出来ない点ですし、理解を深めるよい機会です。予算については何とかつけましょう」


 斯くして、NSCにて予算案の大まかな内容が決められ、この年最初の臨時国会にて提出。この当時の野党は一斉摘発の影響により壊滅的打撃を被っており、さしたる反対もなく通過したのである。


・・・


「現在、トルキア王国上層部はヘレニジア連邦共和国の首都アティナへと逃れ、亡命政府を樹立したそうです。そしてヘレニジア政府は連邦軍の強化のために、工廠の整備と我が国からの兵器購入を進めるそうです」


「そうか…まぁ、ダキアの連中に対する防波堤となっていた国が滅び、亡命政府も奪還のための戦力を求めてくるとなれば、それは至極当然と言えるか…」


「室長、政府も流石にこの動きは放置できず、我らに本格的な調査を求めて来ております。ここは我らも調査員を派遣し、外交面で先手を取れる様にしましょう」


「分かっているよ。先ずは民間レベルでの貿易が出来る状態か確認し、諜報網を伸ばせる様に動く。これから忙しくなるだろうが、是非頑張ってくれたまえ」

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