第6話 新たな防衛大綱

西暦2020(令和2)年9月1日 日本国東京都 防衛省


 この日、防衛省では防衛大臣を中心とした会議が執り行われていた。議題は今度の国家安全保障会議NSCに提出する新しい防衛大綱の草案についてであった。


「ようやく戦争は終わったが、やる事はまだ多い。今後の安全保障について何が重要となるのか、忌憚なき意見を述べてくれたまえ」


 防衛大臣の問いに対し、最初に答えたのは田代陸将であった。ちなみに戦争直後のNSCにて、指揮系統と部隊編成の見直しが求められたため、陸将の階級は一等から三等陸将と、准将に該当する陸将補の四階級に改められる事が決定している。そのため彼は二等陸将に昇進し、トルキア方面隊総監に就く予定となっていた。


「先の戦闘では、陸上戦における装甲戦闘車両の需要が非常に高かったです。トルキア王国軍との戦闘のみならず、たびたび出没する現地の有害鳥獣駆除でも、装甲戦闘車両でなければ対処できない様な敵と対峙する場面が多々ありました。また現地の交通インフラは劣悪であり、装輪車両の活動が制限されやすい場所であります」


 ケーサン占領後も、王家を取り逃がした影響もあり、トルキア各地ではゲリラ化したトルキア軍残党との間で戦闘が続いていた。しかも相手は魔法で地形や地質を容易に変えてくるため、厄介なことこの上なかった。


「また、ヘリコプターによる空挺降下作戦でも、様々な課題が見えてきました。アメリカ本国との関係が途絶したために新型機の導入が不可能となったのは当然ながら、既存の機体の性能向上も難しくなったという事です。そのため新型多用途ヘリコプターは、人員の輸送のみならず、十分な対地支援攻撃も出来る火力を付与してほしいのです。私からは以上です」


 田代がそう述べた直後、今度は外務省より出向してきた外務次官が口を開く。国家戦略にも大きな影響をもたらす話であるため、外務省のみならず経済産業省や厚生労働省、国土交通省からも高級官僚が派遣されていた。


「私からもよろしいでしょうか?海上自衛隊の戦力整備に関して、素人ながら意見を述べてもよろしいでしょうか?」


「どうぞ」


「では…現在、外務省は自衛隊の力をお借りして、周辺諸国に対して接触と外交交渉を試みている訳で御座いますが、成果は決して芳しいものではありません。艦艇自体は現役の護衛艦を用いているのにかかわらず、です」


 外務省が思った成果を上げる事が出来ず、実力に見合った評価をされていない事に不満を抱える職員や青年官僚を中心に高級官僚の蹴り落としが省内で目論まれている噂は耳にしていた。その焦りもあるのか、高圧的な態度は見られなかった。


「原因は恐らく、第一印象にあるのだと思います。最初に接触したヘレニジア連邦共和国は、火砲を主体とした水上戦闘艦を多数保有しており、誘導兵器に対する知識が乏しい様に感じられました。また沿岸部での制圧作戦では、速射砲のみでは火力が乏しく感じられる場面が多かったと聞いております。ですので、火砲を主体とした護衛艦を多数建造し、同等の技術力を持っている事を主張すべきかと思います」


 すなわちショー・ザ・フラッグとしての外洋海軍を、外務省は外交手段として求めてきたのである。無論、第二次世界大戦時の軍艦に浪漫を感じて求めてきたわけではない。そもそもバルカニア亜大陸にはジェット旅客機が発着可能な飛行場が存在せず、外国に赴くためにはどうしても船舶を使わなければならなかった。


「別に、戦艦を建造しろとまでは言いません。陸自の特科部隊が使っている様な榴弾砲を載せた艦でいいのです。それだけで相手は軍事力の高さを理解できるでしょう」


「護衛艦隊と致しましても同感です。今日の海戦ではミサイルが主役となりますが、それは戦闘が避けられぬ時に至った時の最終手段の一つ。視界外より飛んでくる必殺の一撃など想像もしていないでしょうし、今は目に見える力の誇示で余計な戦闘を回避する様に心掛ける事が肝要です」


 そう発言したのは護衛艦隊司令官の鮎川聡あゆかわ さとる海将である。


「それに現在、アメリカからの〈F-35B〉導入といずも型護衛艦の空母化改修が事実上の白紙となっているのです。一から空母とその艦載機、そしてそれを運用する空母機動部隊を作り上げようとするには、在日米軍からの支援を借りたとしても10年近くは掛かるでしょう」


 2018(平成30)年に政府は防衛大綱でいずも型護衛艦2隻を、〈F-35B〉STOVL戦闘機が運用可能な状態に近代化改修する計画を発表していたが、今回の転移で全てが白紙化。本来なら艦載機の航空攻撃で達成できる様な作戦を、複数の重砲による弾幕射撃という古めかしい手段で代用せざるを得なくなったのも大きかった。


「護衛艦の建造計画は、イージス艦の整備計画も大きく狂う事となるから、慎重に見直す必要がありそうだな…では、次は空自に移ります」


「はい。我ら航空自衛隊と致しましては、新型航空機の開発と調達を大幅に見直す事となると考えております。まず開発は台湾や在日米軍と共同で行い、トルキア方面に対して集中配備する方針です」


 現時点で日本と関係を持ち、かつ航空機の開発・生産能力を持つ国は台湾だけである。すでに国交は回復しており、正規の安全保障条約と相互協力に関する諸条約が結ばれている。そしてトルキアの面積や、これから接触する国・地域によってはより多くの航空機が必要となる事から、最低でも100機以上は生産する事となるだろう。


「ともかく、今の我が国に必要なのは十分な戦力だ。しかし我らは侵略のために戦力を増強するのではない。真に有効的な国を増やし、この地域の安寧を守るために力を求めるのだ。そのために外務省と経産省、国交省には迷惑を掛ける。挙国一致の覚悟で進めてくれたまえ」


 こうして、この日の防衛省における会議で、以下の通りが定められた。


・陸上自衛隊9個師団6個旅団体制を見直し、第5旅団を増強して第5師団へ改編。追加で6個師団3個旅団を編制し、人員で10万人増やす。

・上記増強計画に伴い、装備品及び消耗品の生産・改修を主目的とする国営工場を国内外に建設し、安定した装備品供給及び改修を担う。

・海上自衛隊は人員増派に合わせ、2個護衛隊群及び地方隊所属の2個護衛隊を追加編制。2年以内に新型護衛艦22隻を追加建造する。

・また、10年以内に航空機搭載護衛艦2隻を建造し、護衛艦隊に配備する。同様に回転翼機搭載・運用能力を持つ多機能輸送艦3隻を建造し、水陸両用作戦能力の底上げを図る。

・航空自衛隊は新たに1個航空団をトルキアに配置し、4個飛行隊による十分な防空網を築き上げる。

・先述の航空機搭載護衛艦及び多機能輸送艦整備を考慮して、艦載機として運用可能な固定翼機を研究・開発する。


 斯くして、新たな防衛大綱の基幹となる要求項目が定められ、NSCにて提出。支出の大きさに多くの官僚がめまいを覚えたものの、海外資産のほとんどが吹き飛び、国家として生存するための出費を求める声は無視できず、幾分かの利益が出る様な修正を行った上で国債を発行し、予算案を通したのである。

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