第4話 トルル平原会戦

西暦2020(令和2)年4月12日 都市イスタビア


 『転移』及びトルキア王国との戦争から3か月が経ち、日本国は占領した地域を『トルキア地方』と呼び、日本の法制を施行。農奴解放と社会インフラの近代化が進められ、現金化できる資源の開発と生産が試みられていた。


 トルキア王国の国民の大部分を占める農民や農奴は、基本的に領主の下で、ただ農作業にのみ従事するため、領主とやり取りを行う者や自前で土地を持つ自作農以外、文盲が圧倒的多数である。そんな彼らに必要最低限の知識と現代日本で用いられている農法を授ける事業は中々に難しいとされていたが、その予想は義務教育と高等教育が当たり前となっている日本側の高慢でしかないと、農業改革事業を担当する二宮にのみや農林水産担当官は思った。


「説明書の文字が読めなくとも、彼らは感覚で何をすべきか、何に注意するべきかを理解しようとしている。流石に基本的な動作は質問して確認を行ってくれているが、彼らにも彼らなりの知恵と工夫が存在するのだな」


 その呟きはトルキア農民のみならず、亜人族デミの総称で呼ばれている者たちに対する評価でもあった。エルフの植物に対する高い見識は山菜の確保に貢献し、ドワーフは持ち前の器用さと冶金技術によって農機具を修繕。数の多いゴブリンやオークは様々な作業でヒトの何倍も働き、その能力の高さを見せつけたのである。


「交通インフラの整備事業でも、彼らはよく働いてくれている。今は食料や住居の現物給与だが、将来的にはまともに給料を出す事も考慮すべきか…」


 そうして農業の近代化が着実に進められる中、イスタビア郊外の王国軍基地を接収して設けた、陸上自衛隊イスタビア駐屯地では、トルキア派遣部隊の上層部が話し合っていた。


「先程、偵察隊が西に200キロメートルの地点にある城塞都市にて、多数の兵力集結の様子を確認したとの事だ。恐らくはトルキア軍の残存部隊をかき集め、反攻作戦を目論んでいるのだろう」


 第4師団長の田代たしろ陸将がそう呟き、第5旅団長の安田やすだ陸将補は唸る。


「だが詳しい規模が分からん。衛星写真があればまだ何とかなるが…」


「今、種子島で偵察衛星の打ち上げ準備が進められていると聞きますが、確かに確認は難しいですね…」


 第4師団司令部に務める幹部自衛官の一人がそう呟くと、航空自衛隊より派遣されている自衛官が口を開いた。


「ですので、現在空自では、老朽化した〈RF-4J〉に代わり、〈F-15DJ〉戦闘機を改造した偵察機を配備し、強行偵察を行う予定です。ともかく、こちらは相手が動いてくるまで待てばよいのです、防衛線はしっかり固めておきましょう」


 現時点でこのイスタビアには、陸上自衛隊第4師団と第5旅団、海上自衛隊第11護衛隊、そして航空自衛隊第8飛行隊が配備されており、市街地より北と西の方面には長大な防衛線が築かれていた。その全ての範囲が、西部方面特科隊より派遣された2個特科大隊の榴弾砲の射程に収められており、普通科連隊に属する重迫撃砲も各地に陣地を築いて準備を整えていた。


「そして本土の方ですが、今回のトルキア王国軍との戦闘を受けて、幾つか試作車両を開発してこちらに回すとの事です。具体的な内訳としては、増加装甲装着型の10式戦車に、87式自走高射機関砲の後継となる自走対空戦闘車、そして新型自走迫撃砲の三種類だそうです」


「その三種類か…よくこの短期間で作れるものだ。幾分か既存の車両を使い回したかな?」


「とはいえ、戦力が増える事は好ましい事です。今後、陸自だけでも5万人以上が増えるそうですし、本格的な量産のためにも十分なデータを得たいところですね」


・・・


西暦2020年4月26日 イスタビアより西に50キロメートル地点 トルル平原


 会議から2週間が経過したこの日、イスタビアより西に50キロメートル離れた地点にある平野に、十数万もの軍勢が集い、新たな戦闘の気配が満ちていた。


 トルル平原は小規模な城塞都市と広大な牧草地がある、畜産業で栄える地域であり、陸路での物流に重要な街道がある事から、自衛隊は敵軍の再侵攻に備えて城塞都市を制圧。第4師団を中心とした防衛線を設けていた。


「敵軍、進撃の開始を確認。地上が3に敵が7、地上が3割に敵が7割」


 陸上自衛隊第4師団の野戦司令部に報告が入り、田代師団長は嘆息をつく。


「随分と大盤振る舞いしてきたな…敵軍の様子は?」


「偵察隊からの報告によりますと、空自の偵察機による強行偵察で得たものと同様の、トラックで事前展開してきた歩兵を中心としている模様です」


「では、さっさとお帰り願おうか。特科、砲撃開始。空自は敵航空戦力の排除に当たれ」


 田代の命令一過、陣地に並ぶ18門のFH-70・155ミリ牽引式榴弾砲が仰角を上げ、狙いを定める。そして最前線に立つ自衛隊員からの情報を諸元とし、そして一斉に火を噴いた。


 1970年代にイギリス・イタリア・西ドイツにて旧式砲を置き換える目的で開発されたFH-70は、短距離の移動展開にも用いられる補助動力装置によって砲弾を半自動で装填する事が出来る。熟練した者であれば10秒で装填する事も出来た。


 重迫撃砲陣地からも砲弾が矢継ぎ早に飛び、敵軍に大量の砲弾が降り注ぐ。空では空自の〈F-2〉戦闘機が空対空ミサイルでドラゴンを撃墜し、制空権を奪い取っていく。陸自の高射特科部隊も敵ドラゴンを返り討ちにしていき、戦況は優勢に傾いていった。


 斯くして、トルル平原にて自衛隊はトルキア王国軍の大軍10万を迎え撃ち、より支配地域を拡大する事に成功したのである。

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