第2話 血塗られた祭典②

西暦2020(令和2)年2月18日 日本国東京都


 東京は物々しい雰囲気にあった。


 都内23区のいたるところに警察車両と自衛隊の装輪装甲車が展開し、拳銃のみならずアサルトライフルや、催涙ガス弾を投射するガス銃を保持した自衛隊員や機動隊員が周囲を見渡しながら警備に当たる。ショッピングセンターやスーパーマーケットも同様に、いわゆる配給制を維持するために、拳銃やテーザーガンで武装した警官や自衛隊員が警備を行っていた。


「これまでの暴動にて、合計5万人以上が逮捕・検挙されたそうです。その多くが左派の活動家とその支援者であり、中には政権転覆を目論む者もいたそうです」


 装輪装甲車のみならず、旧式ながら威圧用としては十分な効果を発揮する第1戦車大隊所属の74式戦車も駆り出して防衛網が敷かれている永田町。その中心にある首相官邸の地下、危機管理センターでは、急病により政務に復帰できぬ状況にある矢部総理に代わり、菅原官房長官が緊急対策本部を立ち上げ、各所からの報告を受けていた。


「特に中華系の企業や団体より支援を受けていた者が多く、野党の方にも捜査の手を伸ばしているところです。後は、この期に及んで対立と分断を目論む愚か者がいない事を望むのみです」


「そうですか…しかし、まさかオリンピック開催まであと数か月という時に、この様な事態になるとは…」


 菅原の呟きに、報告を行っていた公安委員会委員長は同感とばかりに顔をしかめ、小さく頷く。


 今から凡そ1か月前の西暦2020(令和2)年1月11日。その日、東アジアの島国たる日本国は、周辺の島嶼地域とともに、突如として未知の異世界へ転移してしまった。僅か震度2程度ながら、日本列島全域を等しく揺らすという、物理的にあり得ない揺れ方と、真昼間が瞬時に闇夜に覆われるという科学的説明のつかない異常事態は、状況説明とするには突飛すぎる結論を生み出すのに十分過ぎた。


 全ての人工衛星を喪失し、各所で交通事故が頻発する中、菅原率いる内閣メンバーと、与野党の心ある者たちは、直ちに警察や自衛隊を動員しての治安回復に取り組んだ。もしここで強固かつ盤石な政府の姿を見せねば、混乱は激化の一途を辿るだけであり、国家として崩壊するのも時間の問題であった。実際この時には、九州北部や中国山陰地方が未知の武装勢力からの襲撃を受けており、これに対する解決も求められていた。


 斯くして1月18日、『悪夢の7日間』と称される混乱期を経て日本国政府は治安回復を宣言し、周辺の島嶼地域とも連絡を回復。九州北西部に現れた敵対勢力に対する、自衛隊を用いた反撃を開始した。


 『トルキア王国』を名乗る敵対勢力は、十数隻の装甲艦やその倍はいる戦列艦、そしてドラゴンやシーサーペントなどの怪生物を用いて、対馬や福岡に侵略の手を伸ばしてきたのだが、日本相手に大勝を上げるには技術水準が追い付けていなかった。


 まず陸上では、西部方面隊の現在動員しうる全ての戦力が投じられ、次いで陸上総隊に属する水陸機動団や第一空挺団が到着。ボルトアクション式小銃や野砲、そして地竜リントブルムを主戦力とするトルキア陸軍は、アサルトライフルの連射力と戦車砲の火力、そして装甲車両の生物兵器に対する圧倒的な能力差により大敗を喫し、対馬を占領していた部隊も第一空挺団の強襲と海自護衛艦の艦砲射撃を受けて壊滅。全ての侵略者を撃退する事に成功したのである。


 海と空も同様に、海上自衛隊の護衛艦は対艦ミサイルによって装甲艦を一掃し、航空自衛隊のジェット戦闘機部隊はワイバーンを1頭残らず海棲生物の餌へと変えたのである。


 しかし、戦果としては十分過ぎたものの、大衆はより進んだ先にある、復讐のための侵攻を求めた。政府の方も、賠償と謝罪を得るために相手勢力に対して物理的な接触と圧力を仕掛けるのは必要であったため、対外進出作戦の名称での侵略戦争は承認された。


 これを止める者は予想に反して多くなかった。多くの反戦と武装放棄による平和を説いた左派勢力や評論家が『悪夢の7日間』にて無能を曝け出し、大衆の支持を失ったのである。国内回線によって復活したインターネット内で誹謗中傷の嵐に遭うだけならまだましであり、時には住所を特定されて暴徒に包囲され、リンチの憂き目に遭った者もいた。


 その混乱の酷さは、取り締まる側である警察も閉口する程のものであり、政府は『被害者』の積極的な保護に努めた。犯した罪は生きて罰を受けて濯がねばならないし、感情論で短絡的に解決しようとしても現状の改善と結果の向上はあり得ない。治安はまさに最悪のレベルに達していた。


 配給制に関しても、一部の評論家や運動家は『一部富裕層の富の独占が計画されている』とデマを流し、物流に深刻な混乱を引き起こしていた。食料自体は一日や二日程度で無くなる事はあり得ないものの、事実は大言で発せられた虚飾に容易に覆い隠される。そうでなければ、誰が好き好んで治安維持の片手間にマスメディアの摘発と取り締まりなどという、民主主義社会ではやってはいけない事をやる羽目になっているのか。


「現在、台湾も状況把握と、金門島などの離島の治安維持に努めており、正確な状況判断が難しい状態となっております。その点はご了承下さい」


「分かっています。ともかく今は、個人単位の自由よりも国家全体の安定が最優先されるべき事態です。自由と無法をはき違えた者は確実に取り締まりをお願いします」


・・・


中華民国台湾省 首都台北


「総統。日本国政府より、交流協会を介して治安維持の協力をしたいとの要請がありました。」


 台北にある総統府官邸の会議室では、中華民国総統が外交部長より報告を受けていた。第二次世界大戦前には大日本帝国台湾総督府が置かれていたこの庁舎は、現在では台湾と一部離島のみが領土となった中華民国の行政府となり、東アジア最初の共和主義国家としての歴史を紡ぐ場所となっていた。


「そうですか…軍は現在、どこまで治安を回復出来ていますか?」


「台湾島内は完全に。ですが金門島を含む離島には、多数の武装勢力が上陸または侵攻を企てており、南沙諸島も未だに混乱した状況にあります。ですのでより確実に周辺を制圧したいと思うのなら、日本並びアメリカに救援を要請しましょう」


 国防部長の進言に、外交部長が渋い表情を浮かべる。


「現在在日米軍は、グアムに向けて艦隊を出していると聞いております。海上自衛隊の飛行艇によって辛うじて確認は取れたそうですが、我が国や日本以上に食料危機に瀕していると聞いております。やはりここは、ある程度余力のある日本に頼むべきでは?」


「それのための協議こそ、外交部の仕事でしょうに。国交がなくとも、民間での交流は継続されている。それを用いて下準備をすればよいのでは?」


「言い争っている余裕はありませんよ。今は対立を生む事よりも、対立を解消する事に全力を挙げて下さい。先の国共内戦にて、国民党が大陸から追い出された遠因を常に念頭に置き、総員一致の覚悟で対処に当たって下さい」


 総統はそう命じながら、自国の先が見えぬ将来を憂いた。


・・・


西暦2020年2月21日 トルキア王国イスタビア


 1週間前に上陸・占領が行われた、トルキア王国なる国家勢力の中心地、イスタビア。すでに王家は内陸部へ逃亡を図っており、自衛隊はこの都市周辺の制圧を進めていた。


「団長、市ヶ谷より新たな指示です。『北部方面隊の第5旅団及び西部方面隊の第4師団が到着するまで、引き続き現地の治安維持と武装勢力の掃討任務に当たれ』との事です」


 自衛隊戦線司令部が設けられた王宮の一室で、陸上自衛隊水陸機動団団長を務める平山慎吾ひらやま しんご陸将補は、部下の報告を聞いて息をついた。


「だろうな…しかし、都市を制圧したと思えば、あんな連中が湧いて出てくるとはな…」


 平山の呟きに、部下は小さく頷く。イスタビア占領後、内陸方面より多数の現地住民らしき者たちが現れ、トルキア王国軍を打ち破った自衛隊に庇護を求めてきたのだが、そのいでたちが異様であった。何とエルフやドワーフ、オークにゴブリンといった、ファンタジー世界に出てくる者たちがやってきたのである。


 彼ら曰く、『西方より伝来してきた宗教によって迫害を受けてきた』という彼らは、強大な軍事力によってトルキアを蹴散らした者たちに救いを求めてきたのである。これには多くの自衛官が困惑を浮かべていたが、彼ら曰く、


『この地に悪なる者の支配が及ぶ時、東より勇者が現れ、救いをもたらす』


 という予言がこの地にあるという。それを信じての接触であると聞かされた時には、平山は首を捻る他なかった。


「予言の内容が余りにも出来過ぎているとは思うが…いずれにせよ、彼らをどうにかせねば、この地域は未だに安定せん。有益な資源についての聴取も含め、彼らから理解と協力を得れる様に頼むぞ」


「了解しました」


 その後、増援の第4師団と第5旅団が、政府の高等弁務官事務所とともに到着し、行政代行が行われる。そして多くの現地住民は日本政府の庇護下に置かれ、幾つかの居住区を設けて共存を開始したのである。

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