第1章

第1話 血塗られた祭典①

西暦2020(令和2)年2月14日 日本列島より北西の海域


「どうしてこうなった…?」


 海上自衛隊護衛艦「いずも」の艦隊司令部施設FIC内にて、第1護衛隊群司令の高野たかの海将補はその様に呟いた。


 目前の海域には、砲撃を受けて壊滅状態に陥った艦隊の姿があり、洋上には炎に包まれながら漂う軍艦や、その艦艇から飛び降りた将兵たちの姿がある。すでに護衛艦の何隻かが内火艇を用いた救助作業を開始しており、上空には広域の救助を目的とした数機の対潜哨戒ヘリコプターが展開している。時々、より高空に航空自衛隊の戦闘機が展開し、ターボファンの轟音を響かせながら警戒を行っているのがレーダーにて確認され、制空権は完全に掌握された事が伺えた。


「司令、敵艦隊は壊滅しました。直ちに水陸両用作戦部隊に指示を出して下さい」


「あ、ああ…」


 高野は別地点で待機していた、4隻の揚陸艦と2隻の護衛艦で構成される水陸両用作戦部隊に前進指示を出す。命令を受けた6隻は目前に見える陸地へ進んでいき、浜辺より2キロメートルの地点で停止。そして2隻の護衛艦が対地攻撃を行う中、4隻の揚陸艦の艦尾ランプハッチが開かれ、乗艦している陸上自衛隊水陸機動団の出撃準備が進められる。


「発進開始せよ」


 水陸機動団第1普通科連隊長を務める新田にった一等陸佐の命令の下、数両のAAV7水陸両用装甲車が洋上に躍り出る。アメリカにて海兵隊の強襲上陸作戦の要として開発された装甲兵員輸送車である本車は、白波を立てて海面に浮かぶや否や、車体後部に掉尾するウォータージェットによって推進力を発揮する。水中で履帯を回転させて、犬かきの要領で推力を生み出して進む事も出来るが、舟艇としての航行能力を発揮するにはウォータージェットの方が便利であった。


 そしてAAV7の集団は隊列を組み、浜辺に向けて進み始める。その際先頭を進む車両からは煙幕が焚かれ、2隻の護衛艦の艦砲射撃を受けながら、計18両が未知の陸地に上陸を果たしたのである。


「展開!」


 小隊長の号令一過、開かれた後部ハッチより20名程度の完全武装した自衛隊員が降り、車両を中心に半円を築く様に広がる。そして砂浜に身を伏せ、銃口を真正面に向けるも、敵が攻撃してくる様子は見受けられない。


 遅れてLCACエルキャックエアクッション式揚陸艇によって輸送されてきた、西部方面戦車隊所属の10式戦車が砂浜に降り立ち、AAV7の前に出て先んじて進み始める。そして内陸部に伸びる道を見つけると、隊員たちは走って道の周囲に広がり、目前に広がる草木の中へ進む。


 戦車は堅牢な装甲に覆われているが、十分な防御力を得るために搭乗者の視界は狭く、死角が割と多い。そしてこの手の地形は茂みの中に歩兵が隠れて、対戦車火器を指向して待ち伏せしている可能性があるため、歩兵の視界と小火器で炙り出すのが必要であった。


「慎重に進めよ…」


 分隊長の一人がそう呟き、一同は小さく頷く。と直後、銃声が響き、数人がその方向に銃口を指向。一斉に銃撃を放つ。短い悲鳴が上がり、茂みをかき分けると、そこには数人の将兵の姿があり、その奥には1門の野砲があった。間違いなく、待ち伏せを試みていた敵だろう。


「手を上げろ!武器は捨てろ!」


 日本語で呼びかけ、敵兵は直ぐに短剣や銃を捨てる。そして次々と無力化されていく中、水陸機動団の強襲上陸大隊はついに市街地へ到達。普通科隊員たちは市内を駆け抜け、地区単位で制圧を進めていく。


「クリア!」


「こっちもクリアです!」


 隊員たちが無線機に向かって叫ぶ様に報告を上げ、新田は静かに頷く。この3時間後、都市の西部にある城塞に日章旗が掲げられ、制圧宣言が市民に交付されたのだった。


・・・


日本国東京都 首相官邸


「そうですか、制圧出来ましたか」


 首相官邸の地下にある危機管理センターで、菅原義幸すがわら よしゆき内閣官房長官は報告を受け取る。本来この場にいるべき人物である矢部信一やべ しんいち内閣総理大臣の姿はなく、梅野ら内閣を構成する閣僚や、自衛隊の上層部が集い、北西に1000キロメートル以上離れた地で起きている事を把握しようと努めていた。。


「しかし…朝鮮半島や台湾での有事に、国籍不明の難民たち、そして今回の九州北部での大動乱…本当に一体、何が起きているのやら…」


「全くですね…とはいえ、矢部総理は可哀想ですね。せっかくオリンピックに向けて準備が進んでいた矢先に、この異常事態です。今大急ぎで病院で診てもらっているそうですが、容体は芳しくないそうです」


「病で政務が困難になったのはこれが初めてではないですからね…ともかく、今は混乱を収めて、国民に一刻も早く、安寧を取り戻す事です。引き続き情報収集と治安維持の対応をお願いします」


「了解しました」


・・・


日本列島より西に1万キロメートル


 日本より広大な陸地を挟んで西に1万キロメートルの地点にある、広大かつ複雑な陸地。そこにある大都市の一角で、二人の男が話し合っていた。


「室長、バルカニア大陸方面支部より報告です。大陸東部のトルキア地方にて、未知の新興国とトルキア王国が戦争状態に突入したとの事です。戦闘は苛烈そのものであり、すでに首都イスタビアは陥落しているとの事です」


 黒メガネが特徴的なスーツ姿の男の報告を聞き、『室長』と呼ばれた茶髪をオールバックに纏めた男は、タバコの吸い殻を灰皿に押し付けつつ嘆息をつく。


「そうか…連中は滅びを迎えるか…ヘレニジアがどの様な反応を示すか、興味があるな」


「どうしますか、室長。我らの行動内容にも幾分か影響が出てくるかと思われますが…」


「今は放置でよい。我が国の目下の脅威は、西のスラビアの連中だ。東での戦争に気を回せる程の余裕はない。だが情報収集だけは怠るなよ」


「はっ…」


 黒メガネの男は応じて退室し、室長は2本目のタバコを咥え、壁に貼ってある地図を見やった。


「我が偉大なるラテニアに異変が起きてはや20年…我が国の脅威にならないといいのだがな…」

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