春が輝き、夜は溶け

 発表会が始まり、私達は本選へと進んだ。

 特に驚きは無い。なぜなら私は学年一位。学力とは特定の課題に対する得点力を示す指標なのだから、よーいドンで競ったら勝つのは当たり前。


 もちろん例外はある。人間関係とか、恋愛とか。このような分野には不思議と歯が立たない。きっと学力とは全く異なるスキルが必要だからだ。逆説的に私の学力は、交友に割り当てられるはずだったリソースを自己研鑽に集中させた結果と言える。


 正直あんまり嬉しくない。

 でもそれが初めて役に立った。


 何を隠そうこの私、春樹さんとハイタッチをしてしまいました。


 春樹さんとは手に触れる以上のスキンシップを何度かしていますが、ハイタッチはジャンルが違うというか、全く別種の感動がありました。


 例えるならば、青春の花火でしょうか。


 パチンと手が触れた刹那、皮膚から神経回路へと伝わった衝撃が、脳とは違う別の部位にまで届いたような気がしました。それは本当に素晴らしいもので、優愛さんと触れ合った時にさえ嬉しいと感じる程でした。


 かくしてあっという間に時が過ぎ、本選当日を迎えました。


 今、私達は舞台の袖で出番を待っています。直前の発表者達は「アッキーと愉快な仲間達」という班名を付けたようです。私が全身全霊でボツにした系統の名前です。きっとアッキーさんは愉快な方なのでしょう。


 さておき、本選に出場した班の数は十二。人数にすると四十人程。同学年の生徒数が三百二十人であることを考えると、偏差値にして六十くらいの評価となる。学校の偏差値が七十以上であることも加味すると、客観的に見て、極めて優秀な人達が本選に出場したと言えるでしょう。


 ──チクリ。

 胸の痛みを感じた。


 私は、他人を数値で計る母親が大嫌いだ。

 それなのに、今この瞬間、全く同じことをしている。


「緊張するね」


 小さな声。顔を向ける。

 優愛さんが強張った笑みを浮かべていた。


 また胸の痛みを感じた。

 だって、あまりにも普通の反応だから。


 きっと普通は自分の発表で頭がいっぱいになるのだろう。だけど私は心の中でライバルの能力を計っていた。


「……そうですね」


 少し遅い返事をして、舞台に目を戻す。

 今、背の低い女子生徒が一生懸命に発表している。しっかりと声が出ているのに、女子特有の甲高い感じが無い。とても聞き心地の良い声だった。


 発表者の名前から察するに、あの子がアッキーなのだと思う。

 

 どんな子なのだろう。

 私が避けた「高校生らしい悪乗り」をした彼女の頭には、どのような言葉が浮かんでいるのだろう。


(……皮肉ですね)


 ほんの一週間前、私は優愛さんを地獄に堕とすことばかり考えていた。春樹さんを苦しめる彼女に対する憎悪ばかりが頭にあった。


 ほんの数日前、状況が一辺した。

 春樹さんが優しくなり、彼と優愛さんの関係が元通りになった。


 これまで歪だった関係は、一周回って普通になった。

 高校生らしい悪乗りが現れ始めて、私は翻弄されてばかりだった。


 だからこそ考えてしまう。

 私が本当に嫌うべきなのは──


「お、出番だな」


 春樹さんの声。


「待って待って。あと五分だけ待って」

「大丈夫。後ろに俺と輝夜が控えてるから」

「なんかそれ酷くない!?」


 春樹さんは優愛さんに対して冗談を言うようになった。それはとても「友達っぽい」やりとりで、なんだか嫉妬してしまう。


「輝夜にゃん、任せたからね!」

「やめてくださいって言いましたよね?」

「あはは、ガチ切れじゃん」


 しかし彼女は、私をその輪に入れようとしてくる。私以上に嫉妬の感情を抱いているはずなのに、それを全く感じさせない。


 とても不気味だった。

 そんな風に思ってしまうことが嫌だった。


(……どうすれば普通になれるのでしょう)


 ふと思い出す。

 一年前、私が図書室で春樹さんに声をかけた理由が、まさにこれだった。


 もっと素直に楽しみたい。

 そういう気持ちはあるのに……どうしても思考にノイズが混じる。


『続いての発表は──』


 アナウンスが聞こえた。

 私達は少し緩んだ空気の中、舞台を見る。


 そして、一歩、踏み出した。




 *  アッキー  *




 緊張したー! にゃばば! ばー!

 テンション振り切ってるぜうぇーい!


「良い発表だった」


 クールな黒髪眼鏡男子の冬くんが言った。


「俺が場を温めたおかげっしょぉ!」


 うるさい茶髪が常識的な声量で言った。


「……まあでも、本命は次でしょ」


 冬くんがクールに呟いた。

 その声を聞いてボクも少し冷静になる。


(……ドロドロ三角関係)


 ボクは心の中でそう呼んでいる。

 グループワークと新幹線で見かけた空気は、それはもう、それはもうだった。


『えー、それでは発表を始めます』


 発表の持ち時間は六分。

 全員が必ず一分以上は喋るルールがある。


 トップバッターは新見さんみたいだ。


「っぱ優愛ちゃんのスマイル反則っしょ」

「うるさい黙れ。聞こえない」


 ボクは今日もイチャイチャしている幼馴染たちを無視して集中する。


 自分の発表が終わった直後だから、まだ少し脈が速いけれど、随分と気が楽だ。


(……やっぱり本物の陽キャはすごいなぁ)


 ボク達の発表は良い感じに盛り上がった。

 しかしそれは、うるさい茶髪が奇をてらったトークで盛り上げた部分が大きい。


 優愛さんの発表には知性がある。

 声をあげて笑うほどでは無いけれど、少し鼻から息が漏れるようなイメージだ。


「坂下の提案をベースに、新見と小倉が噛み砕いだ感じだろうな。よくできてる」


 冬くんが評論家のようなことを呟いた。


『ここからは私が発表します』


 新見さんが導入部分を話し終えると、坂下さんにマイクが渡った。


(……うわっ、すご)


 一気に空気が変わった。

 誰も寄せ付けない雰囲気と、氷のような冷たい表情。そして、その刺々しさを美しいと思わせる容姿と、上品な発表。


(……反則じゃん)


 勉強ができることは知っていた。

 いつも図書室に居るし、頭が良いんだろうなというイメージもあった。


 プレゼンもできるなんて、狡い。

 これで運動も得意だったら藁人形に五寸釘を打ち付けるところだ。


『最後に小倉が発表します』


 面白くて分かりやすい。

 しかも、なんかすごそうな感じがする。


 模範解答のような発表は瞬く間に終わり、三人が揃って頭を下げると、滝のような拍手が聞こえた。


(……これは、勝てないなぁ)


 ボクも素直に拍手を送る。

 その直後──


『最後に、ビデオを見てください』


 ……ん?

 ボクは不思議に思いながら資料を投影するためのスクリーンを見た。


 坂下さんが映った。

 彼女は何やら普段とは違う表情をして、手を耳に当てると、その言葉を口にした。


『発表練習を、始めますにゃん』


 んん""!?


「……え、今の、坂下さん?」

「……幻覚だろ。流石に」


 信じられない光景を見て、ボクと冬くんは思わず呟いた。


 それは、いわゆるNG集。

 余った時間に練習中の失敗を流す手法で、他にも同じことをしている班はあった。


 しかしこれは、なんというか格が違う。


 あの坂下さんが顔を真っ赤にしてツッコミ役に回っている。それはたまにテレビで見るビックリ映像なんかよりも遥かにビックリな映像だった。


(……絶対これが優勝じゃん)


 生徒票は間違いなく一位になる。

 ボクはスクリーンの前で小倉くんの肩を揺らす坂下さんと、二人の隣でお腹を抱えて笑っている新見さんを見て、確信した。


(……輝夜にゃんしか勝たん)


 そして今日、坂下輝夜のクールな印象は、溶けて消えたのだった。

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