第三章 私だけを見て(約2.7万文字)

歪な関係の進捗

 ボクの名前は秋月あきづき秋穂あきほ

 あのねっ、今ねっ、後ろの席が修羅場!


「春樹さん! 富士山が見えますよ!」


 坂下輝夜。

 図書室の妖精女王と(ボクに)呼ばれた面影は、もはや感じられない。そんな彼女に名前を呼ばれた彼は──


「おー、なんか趣があるな」


 小倉春樹。

 陽の皇帝と(ボクに)呼ばれた彼は、あの坂下さんと付き合っているらしい。


 それは彼を知る多くの生徒に衝撃と絶望を与えた。何故なら──


「ハルくん、退いて。私も見たい」


 新見優愛。

 小倉春樹の恋人なのだと(みんなに)認識されていた彼女は、今何を思うのだろう。


 二人を推す生徒は多かった。

 ノリで付き合って自然消滅みたいな恋愛が多い高校生達にとって、二人は理想的な存在だったのだ。


 そこに突如として舞い込んだ事件は瞬く間に学校中を駆け抜けた。


 現在では「ちょっと喧嘩しただけ」派閥と「本当にただの幼馴染だった」派閥による熱い論争が繰り広げられている。


 ボクの見解はどちらとも違う。

 外野の論争など児戯に思えるほど激烈に、あの三人の関係性は混沌としている。


(……新見さん、前は一歩引いてたのに)


 ボクは震えが止まらない。


(……今日、めっちゃグイグイ行ってる)


 以前とは声のトーンが明らかに違う。

 小倉くんとの間に何かが起きたのだろう。


「春樹さんご存知ですか? 箱根にはたくさんの温泉宿がありまして、富士山を一望できる露天風呂なんかもあるんですよ」


 坂下さんは相変わらず「あんた誰だよ」って感じ。すっごいキャピキャピしてる。あれが素ならボクでも仲良くなれそう。


「ハルくん、温泉なら」

「冬休み! よ、良ければ旅行に行きませんかっ?」


 なーんてね! 勘違い! やっぱり怖い!

 だって今、喋らせないようにしてたもん!


(……陽キャの争い……恐ろしい)


 ボクは震える両肩を抱き、ふと隣を見た。


(……それに比べて、こっちは平和だなぁ)


「うぇ~い! 見て見てフジヤマだよ!」

「うるさい。今ラノベの新刊読んでるから黙っててくれ」

「ちょぉ~! こういう時に騒げないと脱陰キャできないっしょぉ~!」

「興味ない。求めてない」


 結局、ボクは二人の勧誘を断ることができませんでした。


 当時は「ああ、これからボクはパリピ達の共有肉〇器にされちゃうんだ」と絶望したものですが、意外と何も無かった。平和です。


 茶髪のうるさい方はうるさいだけで無害だし、黒髪眼鏡の静かな方は普通に真面目で計画を立てる時とか頼りになった。


(……あれ?)


 ふと気が付いた。

 シチュエーションだけ見ればボクもあっち側なのでは?


(……この二人が、ボクを奪い合う展開に)


 無い。ならない。

 全然そんな雰囲気は無い。


 というか……。


「ハルくん、自由時間のことなんだけど」

「春樹さん! 自由時間について相談があります!」


 こんな現場を見たら絶対に嫌だね。

 三角関係が許されるのは二次元だけ。現実では絶対にNGだよ怖いもん。


「えっと、順番に話そうか」


 小倉くん、どういう気持ちなのかな。


「ごめんなさい。電車の音で優愛さんの声が聞こえなくて……」


 聞こえてるくせにさ~!


「私こそ、もう少し大きい声で話すね」


 内心めっちゃキレてるじゃ~ん!


(……イヤホンしよう)


 ボクは心の中で「触手くん」と呼んでいる相棒を取り出し、深く挿入した。

 それからお気に入りのアニソンを再生して音量を上げる。


(……なんか黒髪眼鏡くんに見られてる)


 音漏れかな?

 いやいや、大丈夫だよ。新幹線の方が大きい音出てるもん。


 ボクは「んー」と伸びをする。

 それから目を閉じて、外界の情報をシャットアウトした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る