第二章 綺麗じゃないから(約2.5万文字)

歪な関係の始まり

 ボクの名前は秋月あきづき秋穂あきほ

 今は図書室で一人、ライトノベルを読んで時間を潰しているところさ。


 ひどいよね。

 三人以上で班を作れ、とかさ。


 この学校では二年生になると社会科見学があるんだけど、直前の一週間は毎日五限が準備時間になるんだ。


 今日は初日。班のメンバーと希望の行き先を提出したら授業終わりね。班の人数は三人から五人で、別のクラスでも大丈夫。行き先は学校が用意したリストから選ぶ感じだよ。


 初日に仲間を見つけられなかった人は二日目で自動的に班を組まされる。ボッチだらけの闇鍋お仲間ガチャってわけさ。


 要するに今日はやることが無い。

 やれやれ、ソロプレイは効率は悪いぜ。


「あっれぇ? 坂下さん一人ぃ? んじゃ俺らと組もうぜぇ?」


 ──あ、あれは!?

 坂下輝夜! その美貌で入学当初から注目を集め、図書委員を選ばなかった男子を絶望の淵へと叩き落とした孤高の美少女!


 最も有名なのは、三年生のイケメンに口説かれても愛想笑いひとつせず黙々と読書を続けた事件だろうか。もちろんボクは彼女と会話したことが無いけど、彼女の笑顔を見た人は宝くじに当たるという噂が流れる程度に無口で不愛想という印象がある。


「ちょぉ、坂下さん無視は寂しいってぇ」


 流石は坂下さん! 

 チャラ男の勧誘にも全く動じない!


「輝夜、お待たせ」


 ──あ、あれは!?

 小倉春樹と新見優愛! 二年生ならば誰もが知るベストカップルだ!


 本人達は交際を否定しているものの、周囲の人間を「〇〇さん系ラブコメで授業中にイチャイチャする二人と同じ教室で必死に無視しているモブ」のような気分にさせることで有名な二人! 爆発しろ!


「春樹さん! 優愛さんも!」


 ──瞬間、図書室は驚愕に包まれた。


「春樹さん、こちらの席に座ってください」

「えっと……? この二人は大丈夫?」

「はい、知らない人です」


 あの坂下輝夜が笑顔を見せた。

 ボクの耳は、それはもうたくさんの小声を捉えた。


 え、うそ、坂下さんって笑うの?

 てか小倉くん輝夜って呼ばなかった?

 坂下さんの方も、春樹さんって……。

 新見さんと付き合ってるんじゃないの?

 いやでも本人達は否定してるって。

 そんなの先生怒ってないから正直に言いなさいくらいの信頼度でしょ!


(……ど、どうなってるの?)


 三人は一瞬で注目を集めた。


「んぇ~? 坂下さん小倉っちと組むなら言ってよぉ~」

「……ごめんなさい。どちら様ですか」


 坂下さん冷たい。怖い。ボクなら泣いちゃう。


「小倉っちぃ~、坂下さん怖ぃ~!」

「お前その喋り方やめた方が良いよ」

「んぇ~!?」


 あのチャラ男は芸人でも目指してるのかな。

 ここかなり偏差値が高い進学校なんだけどな……。


「小倉っち三人っしょ? 俺ら二人じゃん? 合体するしか無くね?」

「ごめん、他を当たってくれ」

「そこを何とか!」


 諦めない。すごい。不屈。

 それにしても小倉くん、あのチャラ男とも友達なんだ。噂通り顔が広い。


「やっぱ無理かぁ……。んじゃ他行くわ。邪魔してごめんねぇ~!」

「二度と来るなよ」


 チャラ男は撃退された。

 その後、新見さんが言う。


「ねぇハルくん。さっきの人って友達なの?」

「いや、知らない人。今初めて話した」


 コミュ力ぅ~!

 そのスキルどこで買えますか!? 


「春樹さん、行きたい場所は決めてますか?」

「決めてないよ。これから考える予定」

「それでは、こちらの出版社はどうですか?」


 待って無理。坂下さん可愛い。

 何あれ別人? ギャップが半端ないんだけど。


「俺は良いけど……」


 小倉くんは新見さんを見た。


「私も特に希望とか無いよ」

「それではっ、決まりですね!」

 

 決めるの早過ぎ。これが天上の人々か。

 我々下々の者は貯め続けた石を放出することでしか天井に触れられないのに。


 それにしてもビックリだよ。

 あの坂下さんがソロプレイをやめるなんて、どうなってるの?

 

 随分と仲良さそうだけど……あの三人は、どういう関係なのかな?


「発表の準備をしましょう!」


 坂下さんが提案した。

 社会科見学は行くだけで終わりではない。むしろその後の発表が本番である。


 まずは班を十個のグループに分け、予選が行われる。それを突破した班が本選へと進出して二年生全員の前で発表を行う。そして見事に最優秀賞を獲得した班には豪華景品が与えられるのだ。


 まぁボクとは無縁の世界だけどね。

 きっと、ああいうキラキラしたグループが最優秀賞の景品をゲットするんだろうなぁ。


 くそぅ。世の中は不公平だ。

 輝けるのは、いつだって最初からキラキラしている人達なんだから。爆発しろ。


「ところで春樹さん、次の日曜日はお暇ですか?」


 おっと会話再開だ。

 日曜日……まさか休日にも準備をするガチ勢なのか?


「良ければ、私とデートしませんか?」


 ──ガタッ!


 多くの生徒が一斉に立ち上がった。

 小倉くんはビクリと肩を揺らした後、困惑した様子で周囲を見る。


 一瞬の静寂。

 そして、誰かが言った。


「春樹ィ~!?」


 数十人の生徒達が一斉に群がる。

 そして小倉くんに対する質問……いや、尋問が始まった。


 ──ボクは見た。


 ギュッと唇を結び俯いた新見さん。

 その様子を見て、恍惚とした表情を浮かべた坂下さん。


 どちらも一瞬だった。

 だけど、事情を察するには十分だった。


 ……爆発しろとか言ってごめんなさい。


 ボクは図書室から退散する。

 あの空間に居るだけで胃が痛くなりそうだった。


 ……昔から人の顔色を見ることだけは得意なんだよね。うへへ、将来はメンタリストにでもなろうかな。


「あっれぇ~? 君ぃ、もしかして一人?」


 ……ぁ、ぅ、ぁ。


 秋月秋穂、十七歳。

 人生最大の危機が始まりました。



 ──実はチャラ男が高校デビューの方向性を間違えた同志だったことを知るのは、また別の物語。



 秋月秋穂アッキーの目に映った輝夜と優愛の姿は、正しい。


 少女マンガのような甘酸っぱい三角関係とは違う。三者三様の感情が複雑に絡み合い、とても歪な関係性が構築されている。しかもそれは時間と共に変化する。


 彼と彼女達にとって、一生忘れられない時間が始まろうとしていた。

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