3.脳を破壊される感覚

 結局、俺は学校へ行った。

 いっそ転校したい気分だけど、こんな理由で親に迷惑をかけられない。


春樹はるき、お前なんかあった?」


 体育の時間、友達に言われた。


「ただの寝不足」

「エロ本でも読んでたのか?」

「……まぁ、そんなところ」


 彼は目を丸くした。

 

「お前、エロ本とか読むキャラだっけ」

「……まぁ、読むだろ。男なら」

「マジかよ。クッソ意外だわ」


 彼はニヤリと笑って、内緒話をするように肩を組んだ。


「どんなの読んだん?」


 俺は口を閉じた。

 正直、こういう話題は苦手だ。


「当ててやるよ。そんな表情になるってことはNTRだろ」

「ねとり?」

「幼馴染と一緒に陽キャが集まるカラオケに参加したらエッチなゲームが始まって、雰囲気に流された幼馴染がヤリチンに食われちゃうみたいな話」

「……死ぬほど気持ち悪いな」

「バカ。今や国民的性癖だぞ」


 彼は軽い下ネタを言うノリで言った。

 普段なら何とも思わないはずなのに、今は彼を消し去りたいと思う程に不愉快だった。


「ははーん、分かったぞ。エロ本と優愛ちゃんを重ねて、脳を破壊されちゃった感じだろ」


 否定の言葉は出なかった。

 その沈黙は彼の言葉を肯定していた。


 大事な部分はバレていないはずだ。

 彼もまさか現実の話とは思わないだろう。


 俺は取り繕うように笑みを浮かべ、問いかける。


「……脳を破壊って、どういうことだ?」

「なんか脳がダメージ受けるらしいぞ」

「ふわふわしてんな」

「そりゃそうだろ。寝取りとか現実じゃありえねぇからな」


 彼は笑って言う。


「もしも俺の彼女が寝取られたら、男のちんこ切り落とすわ」

「……過激だな」


 俺は笑えなかった。

 乾いた息を吐きながら、ふと思う。


 それなら俺は、何人分、切り落とせばいいのだろう。


「まぁ、エロ本の話だけどな」

「……はは、そうだな」


 俺は愛想笑いをした。

 心から笑えるような気分ではなかった。


(これが、脳を破壊される感覚なのか?)


 くだらないことを考えて、わらう。

 本当にくだらない。どうでもよくて、涙が出そうだ。


 ふと女子の声が聞こえた。

 目を向けて、テニスコートに立つ優愛の姿を見つけた。


 昨日までなら、そのまま目で追っていた。

 彼女を見ているだけで幸せな気持ちになっていたはずだ。


(……あぁ、ほんと、気持ち悪い)


 だけど今は不快感しかない。

 優愛のことはもちろん──こんなにも失望している自分自身のことも不愉快だ。


 耳に届く声、目に映る景色。

 何もかも昨日と変わらないはずなのに、何ひとつ同じには思えない。


 ありふれた日常がある。

 俺だけがポツンと一人、孤独だった。


 その後、俺は優愛を避け続けた。

 普段なら休み時間に話をしたり、昼食を一緒に食べたりする。だけど今日は、顔を見ることも嫌だった。彼女の声を聞くことさえも不愉快だった。


 放課後、俺は彼女を避けるため普段は通らない道を歩いた。

 学校からは出ない。きっと校門か帰り道で出くわすからだ。


 ふらふらと人目の少ない場所を歩き続ける。辿り着いたのは図書室。俺は適当な席に座って目を閉じた。


 静かで、微かに本の匂いがする。

 良い場所だ。これが貸し切りなら最高だった。


 だけど図書館には別の人物が居た。

 

 この学校一番の有名人。

 俺と同じ二年生の美少女が、いつものように一人で本を読んでいた。


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