第4話「怖い話をしよう」

 いつもの放課後の部室。


「な~、なんか怖い話しようやあ~」


 だるそうにテーブルにあごをつけていた鏡花がそうつぶやいた。


「なによ、急に。あんたほんとに思いつきだけで生きてるわね」


 瑠璃があきれたトーンで反応した。


「ええやんか~。人生なるようにしかならへんのや。あ、そうや! この前うちが聞いたとびっきり怖い話したるわ!」

「ええ~、いいよ~、別に~」

「そう言わんと聞いとき聞いとき」

「あたしは鏡花ちゃんの怖い話興味あるなぁ~」


 柚子の意外な反応にまんざらでもない様子で鏡花は話し始めた。


「あんな、ある日大地震が起こって今まで発見されていなかった断層が露わになるねん。んで、その断層を調べようと集まった人たちは、おかしなことに気づくんよ。なんやと思う?」

「えぇ~、なんでしょうぅ~?」

 あごに人差し指をあてて柚子がつぶやく。瑠璃にしかわからない萌えポイントである。


「断層には人型の穴がたくさんあったんや。んで、人ひとりがちょうど入る大きさになっとんねん、まるで自然の棺桶みたいな感じやな」

「うわ、きも……」


 瑠璃の嫌悪のつぶやきも意に介さず、鏡花は続ける。


「ほんでな、日が経つにつれて、その穴が気になる人が増えてくるねん。なんや、その穴に呼ばれるような気がしてたまらなくなるんや。そしてなんや運命に導かれたような気になって、穴の中に入ったまま行方知れずになってしまう人も出てくる始末や」

「えぇ~、どうなるんでしょうぅ~」

「でな、そこで地質学者のたちばなあおいちゅー姉ちゃんがな、まるで自分のために作られたような穴を発見してしまうねん。あかん、あかんと思いながらも誘惑に負けて、その穴に入ってしまうねんな。でもな、葵がその奥へ奥へと進んでいくうちに彼女は何かがおかしいと気づくねん。棺桶ぐらいの穴やったはずが、ありえないほど曲がりくねって奥へ奥へと続いとったんや」

「鏡花、もうやめてよ~、あたし閉所恐怖症なんだから~! なんかおしりのあたりがむずむずしてきちゃう~……」


 瑠璃がくねくねと身をよじらせる。


「ほんでな、結局葵は山の向こう側に出てくるんやけど、その時葵はもう人間ではなくなっとったんや。穴によって歪んで、グロテスクで妖怪みたいな化け物になっとったんや。自分の姿に驚いた葵は自分が出てきた穴にもう一度頭を突っ込んだんや。そしてそこにあったのは……」

「「あったのは??」」


「お前だあーーーーーーー!!!」

「きゃああああぁあぁああぁぁあ!?」


 いきなり鏡花に指をさされた瑠璃は絶叫してしまった。そのはずみで椅子ごと後ろに豪快に倒れこんでしまう。


「なあ、怖いやろ~」

「な、なによ、最後の『お前だー!』って! 全然それまでの話と関係ないじゃん! そういう力技で怖がらせるのってすっごくずるいと思う!」

「縞パン丸見えで何言うとんねん。説得力ないわw」

「か、関係ないでしょー!」


 こけた拍子にめくれたスカートを慌てて元に戻しながら瑠璃は鏡花につっかかった。


「そんなに言うなら今度はあたしが怖い話してあげるわ!」

「へぇ~、瑠璃にそんなテクがあるとは思えへんけどな」

「よくあれをテクとか言えるわね……。まあ、いいわ」


 瑠璃はこほんと咳払いしてから話し始めた。


「とある地方都市に住んでいる女子高生がいました。彼女はいつも通り授業を終えると帰り道につきました」

「めっちゃ普通の話やん」

「うっさいわね、黙って聞きなさいよ!」


 はいはい、と鏡花がつまらなそうにポテチをつまむ。


「彼女はゲームセンターに向かい、クレーンゲームで可愛いぬいぐるみを取ろうと何度も挑戦しましたが、とても不器用なので連続で失敗してしまい、すごい散財をしてしまいました。結局3000円も使ってしまいました」

「ん?」

「その後、彼女は憂さ晴らしにクレープ屋と甘味屋とスイーツパラダイスをはしごして、めっちゃいっぱい甘いものを食べました。そんなに食べたらますますブタになるのになー、とちょっと引くくらいの食いっぷりでした。ぶさいくなギャル曽根かと思いました」

「んん?」

「そのあと彼女は本屋に向かい、好きなアイドルの写真集を探し始めました。彼女は興奮し、ドキドキしながらページをめくって、かっこいいアイドルの美しい写真に見惚れていました。その写真は水着だったり、半裸だったり、全裸だけどあそこだけ見えなかったりしていて、彼女はにやにやしながらページをめくっていました。その様子はほんとにあほ丸出しでした」

「それ、全部昨日のワシのことやないかーい!」


 今度は鏡花が絶叫した。


「なんでそんなこと知ってんねん!」

「さあ、なんでかなあ~」


 瑠璃は天使のような笑顔を浮かべました。悪魔的ではあります。


「じゃあ、今度は柚子が怖い話をするねぇ~」

「「へ?」」


 思わぬ伏兵に瑠璃と鏡花が同時に目を見張る。


「じぶん、怖い話なんかできるんかいな?」

「できるよぅ~、すっごく怖いよぅ~」


 柚子は小さく息を吸った。瑠璃と鏡花が注目する。


「あたしねぇ~、お化けなんだよぉ~」

「「は?」」

「あたしねぇ~、生霊なんだよぉ~、ほおらぁ、呪っちゃうよぉ~」

「ぷっ……」


 キョンシーのようなポーズをとった柚子に、堪えきれず瑠璃が笑いを洩らす。


「あ、あは、あはははは! 柚子らしい~、全然怖くない、可愛い~」

「やっぱりな、こんなことやと思とったんや……」


 鏡花がた呆れため息をもらす。


「あー、お前らまだいたのかー。もう遅いぞ、帰れ帰れー」


 ハイヒールをつかつかと鳴らして顧問である多聞たもん先生が部室に入ってきた。


「あ、多聞先生、聞いてくださいよ、柚子ったら面白いんですよ~」

「柚子? 大原のことか?」

「そうなんですよ、柚子ったら怖い話するって言ってるのに全然だめなんですよ~」

「大原なら今日からコロナで自宅療養中のはずだが?」

「「えっ!?」」


 瑠璃と鏡花が振り返ると、さっきまでそこにいたはずの柚子は影も形もなかった。


「え、柚子……?」

「さっきまで、そこにおったよな……?」


 二人は顔を見合わせて呆然とした。


(……生霊なんだよぉ~、呪っちゃうよぉ~……)


 どこからか柚子の楽しそうな声が聴こえてくる。


「「きゃああああぁあぁああぁぁあーーー!!」」


 瑠璃と鏡花の絶叫が部室のガラス窓をびりびりと震わせた。


 黒睡蓮女学院の漫画研究部は今日も平和です。

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