第3話「しりとりをしよう!」

 その日、黒睡蓮女学院漫画研究部では深刻な事態が勃発していた。


「これは由々しきことだわ……」

「せやな、ありえへん」

「そうですねぇ~、困りましたねぇ~」


 瑠璃、鏡花、柚子が、白い箱の中身を覗いて真剣な表情でため息をついた。


 その箱の中にはゴディバのチョコがひとつ。


 つまり、大切に大切に食べてきたゴディバのチョコ詰め合わせセットがついに今日、最後のひとつになってしまったのだ!


「……誰が食べる?」

「うーん、じゃんけんでもしますかぁ~?」

「いや、それやったら面白くならへん!」


 鏡花が意味もなくジョジョポーズをとった。


「我らは腐っても漫画研究部部員! ここはひとつ、アニメ・漫画しばりのしりとりで勝ったものがこの最後のチョコを食べることにするのだ!」


 どこからか「ドッギャーーーーン!」とか「ズキュウゥゥゥウン!」とか「メメタァ!」という音が響き渡った。よく見ると後ろで柚子がスマホで音を鳴らしていた。案外演出が細かい。


「あ、それ面白そう」

「やってみたいですぅ~」


 瑠璃と柚子がノリノリで乗ってきた。


「じゃ、あたしからいくねぇ~。『新世紀エヴァンゲリオン』ー!」

「「は?」」


 まさかの一発目に瑠璃と鏡花が椅子からずり落ちる。


「柚子、お前まさかしりとりのルール知らへんのか?」

「そうだよ、柚子ちゃん、しりとりは『ん』で終わったら負けなんだよ」

「え~、そうなのぉ~」


 マジで知らなかったらしい。柚子は自分の額を軽くこつんと叩いた。瑠璃だけがその仕草をハートを射貫かれた。


「じゃ、仕切り直しや。あたしからいくで。『少女革命ウテナ』!」

「な……な……『ナナマル サンバツ』!」

「んーと、つ……つ……『ツヨシしっかりしなさい』!」

「い……いちご100%!」

「トリコ!」

「コードギアス 反逆のルルーシュ!」

「シドニアの騎士!」

「新世界より!」

「理系が恋に落ちたので証明してみた!」


 予想外なことに、普段は見せないオタクの矜持がぶつかり合う展開になってきた。


「た……た……うーん、なんか、あらへんかなあ……」

「鏡花~、思いつかなかったら降参してもいいんだよ~」

「あほなこと言うな! こんなんすぐ思いついたるわ! た……た……たとえばラストダンジョン前の村の少年が序盤の街で暮らすような物語!」

「ひゅー、長文タイトルぅ~」

「リコリス・リコイル!」

「ルパン三世!」

「いぬやしき!」

「キルミーベイベー!」


 なんだか知らないが白熱してきた。


「はあ、はあ、お前ら結構やるやんけ……」

「当り前よ、あたしらを誰だと思ってんのよ」


 なぜか鏡花と瑠璃は肩で息をしていた。このしりとり、結構頭脳労働なのかもしれない。将棋とかと同じで対局が終わったら2キロぐらい体重減ってたりして。すぐにでもチョコを補充しないと!


「そうですよぉ~、あたしらを誰だと思ってんのよ、ですぅ~」

((……お前、最初しりとりのルールすら知らなかったじゃねーかよ……))


 瑠璃と鏡花の白い目に気づくこともなく、柚子がノリノリでしりとりを続けようとする。実はこいつが一番の体力おばけなんじゃね……?


「おー、今日も無駄に仲がいいな~、お前らぁ~」


 ハイヒールをつかつかと鳴らして顧問である多聞たもん先生が部室に入ってきた。


「お、ゴディバのチョコあるじゃん。ラッキー」


 ひょいぱく。


 多聞先生がなんの躊躇もなく最後の一個を頬張った。


「「「あ゛……」」」


 漫研部員3人の殺意に満ちた視線が多聞に集中する。


 ……黒睡蓮女学院の漫画研究部は今日も平和です?

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