襲撃


 その頃の榊原さかきはら達は、東京の中心部まで車を走らせていた。

行く宛てもないまま、黒く光る新品の車は東京内をぐるぐるとしている。


「快適っしょ?この車。シートはふかふか、天井も高いし、おまけにクールな外装!

――はーっ、奮発して良かったーって思うもん!」


この身に有り余る嬉しさをなると宇田にぶつける。かれこれこの車に対しての自慢話を二十分は聞かされている。

二人も、そろそろ飽きてきた様子を見せながらも、相槌をうつ。


 そして、一瞬できた静寂を突いて、


「あのっ、榊原さん! 私、行きたい所あるんですけどいいですか?」


車の話に終止符を打つ様に鳴が言った。そして、前方右の大きなビルを指さした。


「おっ、どこどこ? あーっ! この駅ビルね! いいよ行こっか! 水樹みずきもいい?」


「あっ、は、はいっ。」

 

この駅ビルは去年建てられたもので、キャッチコピーが、「毎日来れる場所」。

毎日通い詰めても見切れない程の店数と面積の広さが、この建物の武器である。現に、鳴は昨日と一昨日もこの駅ビルに足を運んでいる。

まんまと、この建物の甘い罠にかかったのだ。


宇田の返事を聞くと、榊原はハンドルを切り返して車線を移し、右折した。そのまま真っ直ぐ走ると駐車場へ着く。


「ふーっ、このまま一日中自慢話を聞かされるとこだった……。危ない危ない……。」


小声で鳴が言った。

こうして三人はこのまま駅ビルへ向かうことになるのであった。





――怨獣殺し本部――

彩音あやねは、御心海ここみの前に撃沈していた。

薄い笑みを浮かべながら静観する御心海を前に、白目を向いて気を失ったかの様に仰向けに倒れていた。

郁美いくみはそれを見て戦慄する冷や汗をかいていた。


「貴方がたの実力はよく分かりましたわ。二対一……まあ、ほぼ一対一でしたが、わたくしの方が上でしたわね。」


壮大な雰囲気が漂っているが、これはただ、彩音が御心海とオセロ対決をして負けただけである。

「この勝負に勝ったら授業は終わり。」という言葉のせいでやる気に満ち溢れていたから、彩音はあんな風になっているのだ。


「――ほら、言わんこっちゃない……結局負けて渋々授業受けるのがオチなんだって。」


先程の表情が解けた郁美が彩音の脇腹を掴んで持ち上げようとする。

元々結果を知っていた彼女にとっては敗北したことは全く気にかけていない様子だった。



しばらくして、やっと自分の席に着いて落ち着いた。

とは言っても、彩音の不機嫌さはより一層増し、御心海を睨みつけている。しかし、御心海は動じない。

それどころか、彩音のその顔を見て、少し微笑みながら鼻をフンと鳴らした。

その顔は、微笑みと言うより嘲笑だった。


――咳払いを一つして、御心海が話し出す。


「先程のオセロへの態度で、貴女方の怨獣殺しとしての能力が分かりましたわ。」


「えっ――」


何を言い出したかと思うと、郁美の想像の上を行く言葉だった。


(怨獣殺しとしての能力……?そんなんでわかるモンなの……?)


「先ず、奏良さん。流石、怨獣殺し五番隊としてのスペックと身体能力を持っていますわね。

貴女は授業を受けなくても、警鐘アラート六程度の怨獣なら一人で対処できると思いますわよ。」


優しい笑顔を浮かべ、相手を褒める時の口調で言った。


「えーっ――えへへー、そーかなぁー?」


どういう理屈でこの見解を述べたかは不明だが、彩音は、「怨獣殺し二番隊隊長」 という称号を所持する者に賞賛されたため、徐々に機嫌を直した。そして、雪の様に白い頬を赤らめた。


 

流石、称号の保持者。郁美にとって彩音の印象は、ふわふわしていて、大体の感情をそれで受け流すという様な物だった。わかりやすく感情が動いた彩音を見たのは、これが初めてだった。


郁美はまだ、他の怨獣殺しの実力を今一つ分かっていない。

鳴の異能力や、宇田と真紘の剣術を見た事はあるが、ほんの少しだけだし、同じ仲間なのに彩音と紗羅の戦い方を知らない。

つまり、郁美はまだ怨獣殺し内の実力格差を知らない故に、その当人の「凄さ」がわからなかったのだ。そのため、少しだけ御心海の実力を疑っていた。が、怨獣殺しの先輩である彩音が一瞬で態度を変えてしまった。


神栖谷御心海……怨獣殺し二番隊隊長……つくづく、偉大な存在なんだ、と郁美は理解した。


「次、星野さんの評価をいたしますわ。」


鋭い声が教室に響き、油断していた郁美の胸を突き刺した。彩音の時とは印象の違う声。

郁美は全身の筋肉が引き締まったのを感じた。


「星野さん。貴女……身体能力は限りなくゼロに近いですわね。それに加えて、自分の異能力をまだはっきりと理解していない……。よくこんな状態で生きて帰れたものですわ。

、良いんですわね。」


「……っ」


郁美は、酷評されるのを知っていた。だが、御心海の冷ややかな視線と感情の無い声の響きが、郁美の劣等感をより際立たせる。

自分でも分かっている事を他の人間に指摘されるのは屈辱。

郁美は、そう言われた自分に僅かながら怒りを覚えた様子で、机の上で拳を強く握った。


 一呼吸置いて、御心海が再び口を開いた。


「――そんなお二人には、やって頂く事はたった一つですわ。」


そう言うと、御心海は内胸ポケットに手を突っ込むと、スマホを取り出した。

モデルは最新。昨日発売されたばかりの代物。


(うわっ、羨ま……)


そして、何やら画面を触ると、郁美の方へ差し出した。


「――えっ……?」


戸惑いつつそれを受け取ると、画面には音楽再生アプリが表示されていた。それに続けて、御心海は白い小さなケースを机に置いた。


「い、イヤホン?って事は……」


「星野さん。貴女が一番最初にやるべき事は、『自分の異能力を知ること』。

貴女の異能力は星野泰三元一番隊隊長……つまり、貴女のお父様のものですわよね。

身体能力はともかく、自身の異能力を完全に理解すれば、五番隊として恥じない実力を手に入れられるはずですわ。」


「とりあえず、このスマホで色んなジャンルの曲を聴け、と……。」


「えぇ。そうやって、自分の武器を増やす。

今から休み無しで聞いて頂きますわね。五時間。」


「ゔっ……。でも、これで強くなれるなら安いもん、か。」


郁美はイヤホンを両耳につけると、御心海のスマホを手に取り、曲の再生を始めた。


(ただ聞いてるだけじゃダメだよな……。歌い方、曲調、スピード……自分の中のインスピレーションをフル活用して……!)


郁美はこれまでにないくらい集中力を高めていた。恐らくこんなに真剣に音源と向き合う人間は他にいない。頭を手で覆い、前方の床から一度も目を離さないし、姿勢も全く崩れなかった。


「おー。郁美ってこんなに集中力ある人だったんだー。でー、ここみーん。私は何すればいーのー?」


彩音が郁美に感心しながら御心海に問う。


「貴女は……おつかいですわ。」


「おつかいってー、あのおつかいー?」


「ええ。」


「ちっちゃい子が初めてやるやつー?」


「そうですわ。貴女にも、異能力の幅を広げて頂きたいですもの。」


御心海はそう言うと、自分のメモ帳を取り出し、サラサラとペンを動かして何か書き出した。

ペンを置き、丁寧にと用紙を破くと、彩音にそれを手渡す。


「今からこれらを買ってきてくださる?」


「……えー、こんなん買ってきてー、役に立つのー?」


「手札は多いに越した事はありませんわ。貴女の異能力はまさに奇想天外、ですから。」


彩音は「はーい」と軽く返事をすると、ガタッと音を立てて立ち上がった。そして、教室のドア付近まで一歩一歩ゆっくり歩くと、御心海の方をぐるりと振り替えった。


「費用負担はあるー?」


「もちろん、無いですわよ。」


「ちぇーっ。まぁいっかー。行ってきまーす。」


わかりやすく不満げに、眉にしわを寄せて首を約九十度に曲げながら、御心海の事を睨みつけながら、御心海の視界からずずずぅっと消えていった。


(奏良さん、以外とお金に執着するのですね……。)




 まだ午後の二時。眩しい太陽の光を浴びながら本部の外に出た彩音。

ただ、目の前に広がるのは、大型のショッピングモールと同じくらいの広さを持つアスファルトの広場と、東京の郊外とも思われるようなうっそうとした森林。

ここから歩いて買いに向かおうとしても、近くの繁華街は近く見積もっても十キロはある。

本部には、車が出入りする為の入り口が二箇所ある。

彩音の目の前に見えるのが北口、その真逆が南口。

彩音は大きく両手を垂直に伸ばすと「んーっ」と声を上げて「伸び」をした。

そして、下りてくる右手を体の中間で止め、ぱっと手を開いた。

すると、彩音の前方の何も無い空間が歪み、裂けてきた。その裂け目から、銀色の物体が顔を出す。


裂け目から物体が完全に顕現した。それは、何の変哲もない自転車。これを、何も無い空間から顕現させた。


これが、彩音の異能力。


彩音は、その目の前の自転車に乗り、軽快に北口へペダルをこぎ出した。







一方の、榊原達は――


 駅ビル「Tokyostyleトーキョースタイル」。通称「トースター」。

新平水しんひらみ駅の利用者は必ず訪れると言われる程、老若男女に親しまれている。


ここは、「トースター」の八階。今季のトレンドが勢揃いしているブースで、至る所に派手なポップや広告が貼り出されている。

榊原と鳴は、ここに釘付けになっていた。


「見てください、榊原さん! これ、今のトレンドの服ですよっ!」


「えーっ!何コレ!袖が短くてもう片方が長いの?可愛い!」


「これに、同じ様なズボンを穿いて、左右非対称にするんですー!ほら、あんな風に!」


鳴の指の先には、鳴の言っていたコーデを身に纏うマネキンが。榊原はそれを見て興奮する。

そんな光景を、はたから見ている宇田。興奮している二人を見て、思わずため息を漏らす。


「その服……ただ、無人島で……遭難してるだけじゃ……。」


ボソッと呟いた。


その後も、二人の興奮は冷めやらず、八階を隅の隅にまで周る。

意味不明な商品、無駄にカロリーの高そうな食べ物、ほとんど裸みたいな服、etc.……

無尽蔵かつ縦横無尽に、二人は八階を駆け巡る。


――これが、トレンドに疎い者の末路。

何が面白いのか、何が可愛いのかもよく分からない宇田は、ただただ振り回されるのみ。

宇田は、いわゆる陽キャからの洗礼を受けたのだ。



――二時間後、やっとのことで魔境・八階から抜け出し、四階のエレベーター近くのベンチへと座り込んだ。

宇田は横を見ると、紙袋を両手に五、六個提げる鳴と榊原の姿が。

八階という、十階建てのトースターの、十分の一のフロアしか覗いていないのに、こんなに買い込むとは……。

ここに来てまだ自販機にしか金を使っていない宇田は、二人の金銭感覚を疑う。


「鳴、水樹みずき、次どこ行こっか? 私は後は三階の事務用品屋さん行ったらオッケーだから。」


「はいはい! 私、ゲーセン行きたい! 宇田ちゃんも行きたいでしょ?」


宇田はその言葉を待っていた。鳴からゲーセンの誘いの言葉を。この瞬間、宇田の疲れは吹っ飛んだ。

目の輝きを取り戻し、誰よりも早く立ち上がった。


「私も行きたいです。」


「よし、じゃあ決まりね。――っとその前に、この荷物邪魔だし、一旦車に置いてっちゃおうか。」


榊原が言う。

鳴は「そうですね。」と言い、重たい紙袋を持ち上げながらゆっくりと立ち上がると、予め宇田が捕まえておいたエレベーターに乗り込んで、駐車場へ向かった。



 ――地下一階。エレベーターが開くとすぐに駐車場が現れる。

三人の目の前には、一人の、赤い花のあしらわれた優雅な着物を召した女が立っていた。どうやらエレベーター待ちではなさそうだし、待ち人もいなさそうな様子で立っていた。


「こんな道の真ん中で……迷惑じゃない……?」


鳴が言う。


「なんか困り事かな……?小物落としたとか……」


榊原が彼女を見つめると、冷たい視線が返された。覚悟が決まった様な、恨みを持った様な視線だった。

思わず榊原は身震いした。


これは、怨獣が人間を襲う時の目だ――


榊原の経験が、そう訴える。そして、手に提げていた紙袋を地面に置く。


「水樹、私の荷物持ってて。」


「……? さ、榊原さん……何を……?」


榊原は、ゆっくり女に近づく。そして、相手を探るように話しかける。


「アンタ、もしかして民間?」


「民間って……! あの人も異能力の持ち主だって言うんですか?」


鳴は榊原の第一声に隠せない驚きを見せる。


民間とは、「怨獣殺しでない異能力者」。怨獣も確認できる。普段は怨獣絡みの事件や事故を確認し、怨獣殺しを派遣するという任務を担う。

本部とは別に拠点を持っている為、本部との関わりは薄い。だから、民間の事をよく知らない。

そのため、榊原も疑いをかけているのだ。


少しして、女が口を開いた。


「私はただの異能力者……。私はただ、榊原燐、お前を殺しに来た。」


「……は? な、何言って……どうして私の名前を……」


状況が理解出来ずに戸惑う榊原。ただ、これだけは分かる。

「こいつの目は本気だ」、と。

榊原は後ろにいる鳴と宇田の方を向く。


「二人は下がってて。少し乱暴するから、ね。」


二人は黙って頷いた。怨獣殺し四番隊隊長が、その人間を「敵」だと判断したのなら、止めることはできない。

 

「――言っておくけど、アンタに私は殺せないと思うけど? ところで、君、なんて名前?」


「……好きに呼べ。知ったところでお前は死ぬ。」


「ふぅん。じゃ、テキトーに『キモノ』って呼ぶね。それ以外特徴無いし。」


「調子に、乗るなよ……!」


キモノは一歩足を引き、ずりずりと下駄を地面に擦り付けると、地面のコンクリートが溶け始めた。

そして、それを利用して地面を滑る様に接近する。

足への摩擦が限りなくゼロに近いのか、スピードがどんどん加速していく。


「地面を溶かして、滑ってるのか!」


「榊原さんの異能力は、『液体を炭酸に変える』……どういう戦い方をするかは分からないけど、近づかれるとヤバいかも……。」


後ろで鳴達は榊原の戦いをじっくりと観察することにした。

憧れの先輩のパフォーマンスを見る絶好の機会だからである。


鳴の予想は当たっている。榊原が得意とする射程距離は三メートルから四メートル。いわゆる中距離タイプ。

相手の様に接近してくる相手とは分が悪い……


「――仕方ない。今日は十発しか持ってないけど、使ってやるかな!」


榊原はそう言うと、着ているスーツのズボンのポケットを漁り、青く透き通ったさくらんぼくらいのガラス玉を一つ、右手の親指と人差し指の間に挟むようにして取り出した。

そのガラス玉の中には、揺れる何かが映る。


「――何だ、それは。そんなチンケな物で私の蹴りを防ごうと言うのか。」


榊原がポケットを漁っている間に二人の距離は約一メートル。十分キモノの射程距離に入っている。


この時、榊原は笑った。

先程のガラス玉をひょいっと手前に種を撒く様に投げ捨てた。すると、中で揺れていた物が一瞬にして真っ白に染まり、その瞬間に玉が弾け飛んだ。

拳銃を撃ったような激しい轟音と、轟速で弾け飛ぶガラスの破片。

キモノの右腕に破片が突き刺さった。スピードに乗っていたキモノが後ろに仰け反る程に強大な威力。

バランスを崩し、キモノの異能力が解除された。カランコロンと下駄を鳴らしながら倒れることに抵抗して、踏みとどまった。

負傷した右腕を見ると、二ミリ程肉が抉られていた。


「――す、凄い……。どういう仕組み?」


鳴が宇田に問う。


「多分……あのガラス玉の……中に……水を入れて……いるんだと……お、思います……。」


「なるほど、その中の水を一気に炭酸にして圧力をかけることで、あんな威力が出せるってことね!」


鳴は敵の意表を突いた榊原に敬意を表した。


「どう?この玉の威力。この玉の名前は『B・スパーク』。ビー玉の破片が電流の様に素早く相手を貫くからね。」


榊原は自慢げに、余裕ぶりながら眼鏡を直して言った。


「――っ! 妙な小細工を――!」


「――どうする? 今から逃げるなら、許してあげるけど――?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る