隊長会議

 五番隊の夜の宴が終了した。

フィーカの地下室では、彼女たちのために各自用意された部屋がある。

そこに一人ずつ宿泊し、また新しい一日が始まった。

午前八時、郁美はベッドから起き上がった。郁美の用意された部屋は、青をベースとしていて、爽やかな印象があった。

一番目が惹かれたたのは、ベッドの上に飾ってあった真幡まはた区に存在する、真幡海水浴場の写真であった。

一度目に留めると、数十秒は動けなくなる。


郁美は一度それに目をやると、ベッドから降り、私服に着替え、髪の毛を整える。

姿見で全身をくまなくチェックしてから、部屋のドアを開けた。

すると、隣の部屋から、沙羅が現れた。タイミングが同時過ぎて郁美は少し驚き、毛が一瞬逆立った。


「ん……あぁ、郁美か。ん……はぁ、眠……」


沙羅が勢いよく伸びをしながら階段へと廊下を歩いて行く。

よく見ると髪も整えず、服も寝巻きのままで、右手で髪を掻き乱す。

沙羅のガサツさがこの一瞬に滲み出ていた。郁美は今思い出したが、自分に向かって「おはよう」と言われていなかった。

少しの不満を抱えながらも、沙羅の後ろを追って階段を登った。




地上へ出ると、朝日が眩しく差し込み、目が眩んだ。

その光と同時に、コーヒーのいい香りが鼻に抜けた。アトリエを抜けると、彩音がカウンターでコーヒー豆を挽いていた。

そこに飾ってあるレコードプレーヤーから音楽を奏で、一定のリズムで豆が挽かれていく。彩音のそのたたずまいは、優雅という言葉の他ならなかった。

郁美も思わず心地よくなり、レコードの音楽に乗せて鼻歌を歌い出した。

その歌声は店中に響き渡り、既に起きて席に座っていた宇田と鳴、沙羅の耳に届き、皆目を瞑り、惚れ込んだ。

この光景はまるで郁美が天才歌手で、観衆を魅了しているかの様だった。




彩音が豆を挽き終えると、郁美も歌唱を止めた。すると途端に、鳴による拍手が響いた。それにつられて宇田と沙羅までもが手を叩く。それに比例して、郁美の頬も少しずつ赤らいだ。


「――うん、最高の朝だね! おはよ、郁美。声治って良かったよー!」


鳴が言った。郁美は笑う。


「――はいはーい。そこまでにしてー、沙羅さーん、もうすぐ営業時間なので身支度してきてくださーい。」


場の空気を壊すように彩音が沙羅へ言う。


「ん……? あっ、ヤベっ。」


沙羅が慌てて地下室へ戻った時、一同は一瞬で壊れた空気に呆れ、苦笑いを浮かべた。




 午前九時。フィーカの営業が開始すると、モーニングセットを目当てにオフィス務めのサラリーマンやOL達がぞろぞろと入店する。いつの間に台所に立ったマスターは、いつもの光景か、と笑みを浮かべながら料理を作っては提供していた。



少しすると、サラリーマン達に混じり、真紘が入店した。

そして迷いもなく郁美たちの座るテーブル席へ向かった。


「昨日の任務、ご苦労だった。無事に駆除出来た様だな。」


「あ、真紘さんっ! 何かあったんですか?」


鳴が会うのを楽しみにしていたかのように大きい声を出した。


「ああ。昨日の夜、嵐間から連絡があった。雷葉と共に向かったゴミ処理場の跡地に、鎖骨を抉り取られ、平面に綺麗に並べられた大量の死体と、それが保管された箱が発見された、とな。」


真紘の話を聞いた瞬間、宇田と郁美は激しく動揺した。そして宇田が真紘へ話す。


「そ……それ……、私達の行った工場でも……似たような事が……」


「――っ!」


真紘が珍しく表情を変えた。驚きの表情だった。


「続けてくれ。宇田。」


「は……はい……。沙羅さん達の所と……同じような状況が……こちらにも……ありました……。箱もです……。

ただ……抉り取られたのは……鎖骨ではなく……頸動脈……でした……。」


郁美はゾッとした。自分が箱の中で見たのは人間の頸動脈だったとは。

思い出すと、顔を青くして、吐き気を催した。


「――奇妙だな……。報告によるとその怨獣の警鐘は五以下だと聞いている……。今までに知能のある警鐘五以下の怨獣は確認された事は無いからな。」




顔を堅くして真紘が顎に手を添える。しばらく黙り込んだ後、自信なさげに郁美が口を開く。


「私……、よく怨獣のことあまり知らないけど、何で箱に入れられたものが違かったんだろうって……。」


「そりゃ違ぇだろ。怨獣が鳥と犬だぞ?好物が違う。何でって――」


沙羅が郁美に説明をしていたとき、突然彼女は何かに気づいたようだった。

彼女の言葉は、フェードアウトしていくかのように、ゆっくりと消えていった。

そして付け加えるように鳴が言う。


「もしかして、その鳥型怨獣と犬型怨獣の好物が人間の頸動脈と鎖骨だって言いたいんですか?」


「――あぁ。もしそうだとしたら、その部位を抉るのは不自然じゃない。――でもどうやって……」



更に話が拗れてしまった。全員、謎が謎を呼ぶ事態となり、思考が停止する。

その間、ずっと堅い顔をして黙り込んでいた真紘が突然呟いた。


「あまり考えたくは無いが……あくまで俺の憶測だが、誰かが怨獣を使って殺人を犯したのだろう。」


真紘の一言に、一同に戦慄が走った。


「っ……でもっ、怨獣を認識出来るのは――」


「怨獣殺しだけだ。」


その事を信用しないように、認めたくないように、鳴が反論しようとするも、真紘の声に遮られた。

そのまま真紘は、顔をより一層強ばらせ、両手を顔の前に組み、続ける。


「怨獣殺し……この組織の中に、裏切り者がいる。」


『――!!』


予想外の発言に、郁美たちは、驚きの表情を隠せなかった。

冷静なのは、真紘ただ一人だけだった。

すると真紘は即座に席を立った。


「えっ、真紘さん、どこへ……?」


鳴が問う。

「――俺が元々来たのはこの問題を一緒に考えるためじゃない。

この問題に関しては、隊長会議で取り上げることにした。

俺がここに来た理由は、五番隊。お前達を本部へ連れてくためだ。

分かったらすぐに向かえ。俺は先に行く。」


そう言うと、郁美達に背を向けて足早に外へ出た。


(相変わらず強引だな……真紘さん……)


郁美はその瞬間的な行動に苦笑する。

他の鳴や宇田達も、困惑はしていたものの、五番隊隊長からの指示は聞き入れていた。次々に準備を済ませている。

鳴はギターを背負い、宇田は刀の入った筒を背負う。

そして鳴を筆頭に、外へ向かった。




 五人全員がフィーカを出ると、最早そこに真紘の姿は無かった。

真紘の乗っている車すら駐車場に停まっていない。


「ありゃりゃー。ホントに先行っちゃったねー。」


彩音が口を軽くして言う。


「――はぁ、お前ら、アタシの車乗れ。」


駐車場の隅に停まっていた緑の軽自動車に寄り掛かりながら、沙羅が言った。


「えっ!? 沙羅さんって車持ってるんですか!? ……盗難車とかじゃないですよね……?」


「は?アタシを何だと思ってるんだよ……お前以外乗せたことあるっつーの。」


沙羅は郁美に対し不機嫌そうな顔を浮かべると、親指を車の方に指して、乗車を促した。


「――全員乗ったな?」


助手席には彩音が乗った。その後ろは三人がすしずめ状態で乗っていた。

足を伸ばせないし、微妙に体を動かすことも容易ではない。


「みなさん狭そーですねー。私は助手席に座れて良かったなー。」


後ろの三人を煽るようにわざと口を出し、ニヤニヤと笑う。


「彩音お前って……、ホント抜け目ねぇヤツだな……」


沙羅は彩音に感心しつつ呆れ返りながら、エンジンをかけ、アクセルを踏んだ。


「――うわっ、アクセル重っ!!」


今までこんな人数を乗せたことは無い。

そのため、沙羅は全力で足に力を入れながら運転した。


「ち、ちょっと郁美、あんまスペース取んないで! 私と宇田ちゃんがキツい!」


「えぇ!? 狭いのは鳴のギターのせいでしょ!」


「ち……ちょっと……二人とも……押さないで……下さい……!」


「まぁー。皆さん、かわいそー! こっちは快適だなー。」


「――――う……、」


沙羅がハンドルを強く握り、プルプルと震える。ギャーギャーと五人が不満やら煽りやらを延々と大声を上げて騒ぎ立てる。

すると、とうとう沙羅の堪忍袋の緒が切れた。


「うるせぇぞテメェら!! 運転に集中させやがれ!!」





 怨獣殺し本部、二十八階。「隊長会議室」と標識のある部屋に、真紘は入室した。


「申し訳ない。遅れてしまった。」


真紘が部屋に入った頃には、五番隊以外の隊の隊長は全員集まっていて、机越しに対峙していた。

ただ、一番隊の隊長は席を開けていた。事前に任務がある事を伝えられていた。

しかし、既にこの場は、厳粛な雰囲気に包まれていた。

真紘は軽く頭を下げると、自分の席に着き、一息をつく。


「お疲れー真紘くん。君が遅れるなんて珍しいね。」


真紘の隣に座っていたのは、四番隊隊長、榊原 燐さかきはら りんであった。

真紘は鼻で笑うと、顔を背けた。


「ちぇっ、挨拶くらいしてよ。」


真紘が来たことにより、隊長会議は開催される。


「隊長会議を開いたのは君だよね。真紘?遅れるなんて酷いなー。へへっ。」


一番最初に口を開いたのは三番隊隊長の長崎 煙ながさき けむりだった。

灰色の髪の毛と、葡萄の粒のように大きい瞳が特徴的な彼は、誰にでも交友的で、仲間からの信頼も厚い人物だ。


「済まない。今回の会議で話す件が増えてしまってな。と言うより、それが殆どの内容を占めるだろう。」


「そっか。なら早く聞かせてよ! 会議を早く終わらせるって妹と約束したんだから!」


煙は目を輝かせながら、真紘の口が開くのを待っている。


「うひゃー、出たねー。煙の妹好き!」


榊原が少し冷やかし気味で言った。


「――? うん! 妹は好きだよ! 可愛いし、こんな僕よりしっかりしてる!」


「――コホン、今のは皮肉ですわよ。長崎さん。あと、わたくし達は貴方の妹の話をするために集まった訳ではありませんわ。榊原さんも、あまり長崎さんを茶化さないでくださいます?」


場を節制するために口を開いたのは、二番隊隊長の神栖谷 御心海かみすがや ここみ

身長142cmという小柄な体型で、綺麗に編み込まれた、腰まで届くような長髪の白髪を持つ事が特徴的な彼女は、いつも上品で頭脳明晰のため、彼女を頼りにする人は多い。


「――それで、幸田さんの言う議題とは何でしょうか。」


「それは――この怨獣殺しの本部の中に、怨獣を従えて人を殺める、裏切り者が潜んでいるかもしれない。」


『――っ!?』


御心海達が騒然とする中、真紘はフィーカの中で五番隊で話した箱の事、遺体の事、警鐘が五以下だった事など、全てを話した。

静まり返る一同。

すると榊原は、その沈黙を破るように言った。


「――私は、ありえないと思うな。実際、その怨獣が警鐘五以上だった可能性も無くはないし、もし本部に潜んでいたとして、相手にとってはリスキー過ぎると思うよ。」


煙が続ける。


「そうだよ。第一、何でまたそんな事するのか分からない。

死体を並べたって、何の得にもならないし、それがそのまま本部のダメージに直結する訳じゃないでしょ?」


そこから付け足すように榊原が再び口を開く。


「それに、やり口が原始的過ぎる。

怨獣を餌付け出来るのかなんて知らないけどさ……。もし出来るとして、本部の破壊が目的なんだとしたら、怨獣の軍隊を率いるのに多分三十年はそこらはかかるはずだよ。」


確かに二人の言う事は正しいし、真紘も分かっていた。

しかし、真紘の言っていた事も筋は通っている。

そこが更に真紘達を混乱させていた。



するとここで、ずっと目を瞑り沈黙していた御心海が目を開いた。


「私は、榊原さんや長崎さんの言う事も事実ですし、理解出来ますわ。ですが、私は本部に裏切り者が居るという真紘の推測が正しいと思いますわ。」


榊原は目を見開いた。まさかあの御心海が肯定側の意見に立つとは思わなかったからだ。


「裏切り者が本部に紛れることが出来ると言う事は、何らかの異能力を持っていることはほぼ確定してますわ。

それに、怨獣の正体を目視出来るという事は、総大将の洗脳から解かれている事が分かりますわ。

ですから、民間含め、怨獣殺しである事は確定する……。

自分にも異能力がある以上、身の安全はある程度保証できるでしょう。」


榊原、煙は真摯に耳を傾ける。


「ここからは私の過度な憶測となってしまいますけれど、もし、その裏切り者が総大将のように洗脳系の異能力を持っていたら?

怨獣の軍隊なんてすぐ集められるでしょう。その代価として、その箱の中身のものを使用しているとなると……。筋は通りますわ。」


榊原、煙が言ったことの反論を全て返した。榊原と煙は何も言えなくなる。

そして、腑に落ちたように榊原が呟く。


「――確かに、こんな事を計画するヤツは只者じゃ無さそうだし、怨獣を従えるとなると、行動も厄介になるな……」


榊原に念を押すように真紘が言った。


「これからは本部の警備も少し強固にした方がいいと思う。警備役なら、民間の怨獣殺しを安く雇えるだろうからな。」


一同は頷く。


「――では、本部に潜んでいるかもしれない、怨獣を従える裏切り者を警戒せよ。

――幸田さんの議論はこれで終了とさせて頂きますわ。」


御心海は場を厳かに締めくくり、次への議題へと移行させた。


「次の話し合うべきものは――」




怨獣殺し本部の駐車場。相変わらずの森の中。いつ見ても不思議な感覚に陥る。

そこに、一台の車が入ってきた。

緑の軽自動車だ。

雑に白線を跨ぎ車を停止させると、後ろの三人が一目散に車から飛び降りた。


「――広いって……いいね。」


「――うん……。」


鳴と郁美は外に出た瞬間に、何かを悟ったかのように開放感に駆られて青空を仰いでいた。

後ろで宇田は彩音と話す。

「宇田ちゃんはやらないのー?あれ。」


「い……いえっ……私は……元々狭いのには……慣れてます……から……。」


ふーんと彩音が軽く受け止めると、沙羅が車の鍵を閉めて言う。


「おいお前ら! 狭さでバカになったか!? 行くぞ! 本部!」


二人は沙羅の声に呼び戻され、気を取り戻した。

そして気を引き締め直して、本部へと歩いていった。

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