怒号

宇田は少々眉間にしわが寄っていた。

理由として、郁美がやられた事と、自分がすぐに駆けつけられなかった事にある。

その為今宇田は、とても機嫌が悪かった。


「私の友達をよくも痛ぶってくれましたね……。――さっさと地獄へ行って貰いますから。」


宇田の瞳の中の光が消え去る。

怨獣はその宇田の放つ物々しいオーラに恐怖を覚える。

どちらが善か悪か分か、判断がつかなくなる程に。

宇田は、半身を傾け、左足を微妙に後ろに引いた。

その瞬間、鈍く輝く銀色と桃色の閃光が、怨獣へ向かって疾走した。


(螳螂カマキリの型・疾風颯しっぷうさつ。)


螳螂のように刀を逆手に構え、攻撃する対象に突進する瞬間に身体を丸めて一回転し、獲物の一部分を切り刻む技。

これは怨獣の右翼をターゲットとする。

しかし、怨獣の目も鳥の目。切り刻む前に見切られてしまった。


「浅いな……」


宇田が着地した時点で怨獣の右翼の付け根から泥と化合したような、濁り、ドロドロの血が滴る。

宇田の刀にもまた、同じものが付着していた。

数十秒後、怨獣は羽ばたくことが難しくなり、地面へと落下した。

刀を順手に持ち替え、それを一振りで払うと、不敵な笑みを浮かべた。


「――作戦通り……。わざと浅く切る事で羽ばたくのは激痛を伴う自殺行為になったでしょう?

……まぁ、そのまま吹き飛ばしても良かったんですけど……。

郁美さんをこんな目に遭わせたんですから――覚悟してくださいね。」


(螳螂の型――)


宇田が刀を逆手に持ち替えた瞬間、怨獣は断末魔のような咆哮をしながら飛び上がった。


「――まだ動けるんですか。」


そして郁美に披露した攻撃を全て一つにまとめたように、竜巻、埃の巻き上げ、風起こしと共に落ちてくる羽根をくり出す。

機械やコンテナさえも竜巻の渦に巻き込まれ浮かび上がる。

まるで、作業室の中が、アメリカで引き起こるタイフーンの中に居る様な状況に陥った。


「なにふりかまわずってとこですかね。」


このような状況でも宇田は平然としていた。折角持ち替えたのに、と言わんばかりの顔で、渋々刀を順手に握り直すと、両腕を斜め前へピンと伸ばした。


(鍬形クワガタの型・残月乱ざんげつらん。)


すると、まるで右腕と左腕が自己意識を持っているかのように、美しくも激しく躍動するように舞い始めた。

そして、その動きに合わせて、胴体も躍動感あふれる激しい舞いを披露する。

すると、 舞い踊る刀身からは、白色の衝撃波が発生する。竜巻を相殺し、飛び交う羽根をも消し去る。

吹き荒れる風をも切り裂いていく様子に、この場所は彼女の独壇場となった。

そしてその勢いに乗ったまま、上に右腕、下に左腕、と、両腕の動きをシンクロさせた。


「――よし、これで……、さようならー。」


そして怨獣の方へ向かい刀を振り切り、二つの衝撃波を合体させ、激しく衝突させた。

白い煙を出しながら爆発する。

怨獣は白目を向きながら落下し、黒い砂となって消えていく。


「――ふぅ……。」


宇田は深い溜息をつき、刀を筒の中にしまう。

すると、瞳は光を取り戻し、雰囲気もいつものあどけない性格に戻った。

そして、一直線に郁美の方へ向かった。




「――い……郁美さんっ……!だ……大丈夫……で……すか……?」


「ゔた……ゃん……ご……ごえは死……でるげど……体はだい……うぶだよ……!」


郁美は埃まみれの笑顔を見せながら親指を立てた。


「あぁっ……郁美さんっ……あ……あんまり……喋らない方が……。か……肩を貸します……早く……行きましょう……。」


宇田は郁美の腕を自分の肩に優しく絡ませ、寄り添うように立ち上がった。

そして、できるだけ早く工場から離れるようにする。




 工場の暗闇を抜け、外へ出ると、まだ外は明るかった。工場に入ってからものの一時間程度で任務が終了していたのだろう。

ふと前を見ると、迎えの車が既に止まっていた。


「――お帰り。水樹。郁美。――よく、頑張ったね。さ、帰ろう。」


マスターの車は自動でドアが開く。

宇田は丁寧に郁美を車へ乗せると、宇田も共に乗り込んだ。


「……ぇ。ゔだちゃん……。見た?」


揺れる車内で、かすれ声の郁美が、大作業室の手前の部屋の遺体について話す。


「はい……。これは……私も……お……驚き……ました……。知能の無い、警鐘アラート五以下の怨獣が……こんな事、出来るわけ……無いので……。それと……あの箱の中の物も――」


二人は話していく度に不可解に思えてくる。


「と……とりあえず……この話は、一旦……やめましょう……後で、真紘さんに話しましょう……。」


郁美は頷いた。そして、段々と二人は力が抜けてきて、深い眠りについた。




 郁美と宇田が車に揺られている最中、別任務にあたっていた鳴と沙羅は、陽の沈みかけている瓦礫の山の頂上に座り込んでいた。


「――ったく、今回もあんま手応えねぇ相手だったな。アタシの出る幕無かったぞ。」


不満そうな表情を浮かべながら、沙羅は近くに転がっていた空き缶を蹴り飛ばす。

缶は山を下るように転がり、麓にいた鳴が空き缶を足で踏みつけながら言葉を返した。


「――何言ってるんですか。沙羅さんがいなかったらもう少し手こずってましたよ。」


ギターのチューニングをしながら瓦礫の山を登る。


「へっ、鳴一人でもイケただろ?あんなちっぽけなワンコ。アタシはアタシと同等の怨獣を求めてんだよ。」


「犬型怨獣、ですね。ちょっと苦労したんですよ?

あと、沙羅さんと同等の怨獣出てきたら、大半の怨獣殺しの人達が葬られますよ――っと、ん?なんだこれ?」


瓦礫の中に、ゴミとしては不思議にも綺麗な箱を見つけた。

そして、両手でそっと丁寧に持ち上げると、沙羅の方へ向かう。


「――おい……。ゴミ捨て場のゴミを拾う奴があるかよ。戻して来いよ。」


「いや、でも、ここはもう十数年間使われてないゴミ捨て場ですよ?こんなに綺麗で新しいものがあるわけがないじゃないですか……。」


「――いや、誰かがまだ使ってんだよ。不法投棄とかそう言ったやつでさぁ。」


呆れ顔の沙羅を横目に、鳴は眉間にしわを寄せて首をかしげる。

そして、謎めいた興味をそそられる鳴は、その箱の中身を確認すべく、蓋を開けた。


「――うわ……。沙羅さんこれ、見てくださいよ……。」


蓋を開けた途端に、鳴の気分が害された。

沙羅は立ち上がり、鳴が手にもつ箱の中身を覗き込んだ。


「――おいおいマジかよ……。これ全部、人間の鎖骨か?

はぁ――どういうこった……。」


沙羅の呆れ具合がより一層増す。

それもそのはずであった。沙羅の居る瓦礫の山の裏には、あの郁美たちの向かった工場と同じように、平面に正方形に並べられた人間の遺体があったのだから。


「――この鎖骨、全部あの遺体のもの、ですかね……?」


「あぁ。間違いねぇな。遺体の全員漏れなく、鎖骨の部分が削ぎ落とされてるからな。」


瓦礫の山から見下ろした大量の遺体は、全てにおいて不気味であり、陽の沈みかかった今、その不気味さはより一層強調されていた。

沙羅と鳴はそれを見下ろして数十秒立ち尽くした。その後、二人はそっと背を向けて、現場を後にした。




 既に陽は落ちきり、逆田さかた商店街の街頭は余すことなく点灯している。

周囲にはシャッターを下ろして店じまいする店舗が散見される中、フィーカの営業時間も終盤に差し掛かっていた。


「あざーましたー。――ふぅ。今日の営業しゅーりょー。」


レジに立ち最後の客を見送った後、大きな伸びをする。

エプロンを脱ぎ、乱暴にラックに投げ捨てると、台所へ直行し、台拭きを絞り、カウンターの汚れを丁寧に拭き取っていく。

この一連の動きはかなり洗練されて、慣れた手つきをしていた。


その後の店じまいの作業を全て終えると、外に出て、店前のメニューボードを店の中にしまい、「OPEN」の表示を「CLOSE」に反転させる。



するとそこに、一台の車が駐車場へと入ってきた。車は駐車場の右端に止まると、静かにエンジンが消えると、運転席と後部座席のドアが同時に開いた。


「――あっ……。彩音さん……」


「おー。おかえりー。三人とも、ご苦労だったねー。」


宇田を筆頭に、マスターと郁美が共に帰ってきた。マスターが彩音に尋ねる。


「彩音も店番ご苦労様。今、店を閉じたのか?」


「そー。もう人来なさそうだったからねー。」


彩音はそう言いながら振り返ると、入口のドアを引き、フィーカの中に入った。

そしてすぐに、台所の奥にあるアトリエの、隠すように蓋のされた下り階段を開け、地下室へ降りていった。


「郁美さん……、私達も地下室に……行きましょう……。郁美さんは……以前……休んでいた、所へ……」


郁美は声を出さずに頷く。宇田の肩から腕を下ろし、一人で歩き、地下室へ向かった。宇田は郁美の後ろから見守るようにゆっくり向かった。




「たっ……ただいま……帰りました……。」


宇田が地下室の団欒の場、休憩室にひょっこりと顔を出す。

そのには宇田と郁美、真紘以外の五番隊が集まっていた。


「おっ。お帰り、宇田ちゃん。郁美は?」


ソファに座りギターを触っていた鳴が振り向く。宇田が郁美について話そうとした瞬間、沙羅が口を挟む。


「早くこっち来いよ。そのまま顔だけ出して話すつもりか?」


「あっ……はい……。では……し、失礼します……。」


宇田はゆっくり休憩室に入ると身を縮こませながら彩音の座るソファと鳴の座るソファの隙間に座る。


「おー。出ましたー。宇田ちゃんのシンデレラフィットー。」


「って言うより定位置だよなこれ……。」


と沙羅は呆れた表情を浮かべた。一方、彩音は興奮していた。

これは、郁美を除く五番隊の「いつもの光景」である。

一息つくと、宇田は今回の任務と郁美の負傷についての一部始終を話した。

すると、先刻の空気が一転した。


「――うーん、また郁美怪我しちゃったかー。」


鳴が言う。


「はい……。今は郁美さんは、隣の……部屋で……休んでます……。――私とはぐれてしまったせいで……。」


宇田の一言に、沙羅が素早く反応する。


「おい、水樹。はぐれたのって、怨獣の仕業か?」


「いっ……いえっ……!それは……その……」


宇田の語気が次第に弱くなり、答えをはぐらかす。

不明瞭な言葉を話す宇田に、沙羅は怒りを募らせる。

やがて我慢の限界に達し、勢いよく立ち上がると宇田の方へ憤怒の表情を向けた。


「テメェ……!もしかして自分のせいで郁美が一人になったって言いたいんじゃねぇだろうな!?」


「――ちょっ、沙羅さんっ!」


鳴が焦り、立ち上がり沙羅を宥めようとする。しかし、沙羅の激情は止まらない。


「テメェがどうやって一人にしたかは知らねぇけどよ……!その態度だとテメェに非があるって分かる!なんで隊長以外の怨獣殺しが単独行動を許されていないか知ってんだろ!」


怒りに駆られ、沙羅は次々に宇田に怒鳴り散らしていた。

鳴を落ち着かせることはもはや諦めており、彼女の怒りは止まることを知らなかった。

この状況に陥った沙羅は、容易に止めることができない。

そして数分後、沙羅は冷静さを取り戻したのか、声が小さくなっていた。最後に、沙羅はこう言い放った。


「――お前、独りが好きだもんな。」


「――!!」


その言葉を聞き入れた瞬間、宇田のある記憶が呼び起こされた。

暗く廃れた記憶。

思い出したくない、中学時代の記憶。

その中で、ある一人の女性の姿が鮮明に現れ、沙羅と全く同じ言葉を吐く。


「――宇田ちゃんってさ、独りが好きだもんね。」




――気がつくと、宇田の無表情な顔の頬に、涙が伝っていた。

二粒の涙が滑り落ち、洋服を濡らした。

沙羅は、はっとした。

何も言えないまま顔を緩めて立ち尽くす。

すると、今まで黙っていた彩音が、宇田の傍に寄り口を開く。


「――もしかして宇田ちゃん、嫌な事でも思い出しちゃった?大丈夫。沙羅さんもわざと宇田ちゃんを追い込みたくて言ったワケじゃないと思うよ。」


「……。はい……。分かってます……。沙羅さんは何も悪くない……です。悪いのは私だけ……ですから。」


宇田は涙を一度だけ拭い、彩音に対し笑みを浮かべた。

それを見た沙羅は、難しい表情を浮かべながら右手で髪を掻き乱した。


「あー……。アタシも……悪かった。ちょっと熱が入り過ぎた……。水樹はこんなに怒鳴る程、ダメな奴じゃないもんな。許してくれ。」


沙羅は、宇田の方へ改めて体を向けると、謝罪の意を込めて深く頭を下げた。


「一人にするって言うと、アイツの事を思い出しちまう――。」


沙羅が言った。


「――瑠璃るりさんの事は……、もう忘れましょう。今は……郁美さんが……いますし。」


 少しの静寂を経て、沙羅と宇田は、何とか和解することに成功した。それを見計らった彩音は、場を明るくしようと、明るい口調でこう言った。


「さーさーみなさーん。今、お店で余ったお菓子がちょーーど人数分あるんですけどー。食べますー?」


彩音の声が届くと、和やかな雰囲気が会場に広がり、全員が笑顔を浮かべた。

そこで早速立ち上がったのは鳴だった。

お菓子のために、彩音を強引に地下室から出そうとする。

その光景は、元の五番隊の姿に戻っていた。


「ちょーい、鳴、押さないでぇ。皆、何食べたいですかー?残ってるのはー、パフェとー、ケーキとー、あとはー、フレン――」


「フレンチトーストっ!?」


一同、その言葉に驚き、一瞬時が止まったかの如く静寂が走り、発言者の方を向く。


『い、郁美(さん)っ!?』


声の主は勿論のこと、郁美であった。

隣の部屋から、怪我を治して覗いていたのだ。視線が一気に郁美の方へ向いたため、少し戸惑ってこう言った。


「あの……、えーっと、こ、こんばんは……?」

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